本書「欧州ファブレス半導体の真実」の出発点は、世界の半導体産業が成長を続ける一方で、日本の半導体産業だけが成長していない現状への危機感にある。日本の半導体産業は、設計も製造も行う垂直統合型のIDMメーカーが多く、また親会社である電機メーカーの子会社であることが多い。このため、独立した半導体経営でないため、早い意思決定が求められる半導体ビジネスへの対応が困難になっている。

成長が停滞している日本のIDMメーカーに対し、身軽で意思決定の早いファブレス半導体メーカーの成長が続いている。ファブレス企業は米国のシリコンバレーで見られるビジネスモデルであるが、近年欧州で続々と生まれているという。欧州の中でも特に英国のファブレス企業は圧倒的に多く、欧州ファブレス企業の32%を占めている。本書は英国のファブレス半導体企業に日本の半導体産業復活の可能性を探ろうとするものである。

筆者である津田氏は、近年定期的に英国への取材旅行を行っており、英国のファブレス企業を取材した成果を、同氏が編集長を務めるポータルサイト「セミコンポータル」にて紹介している。本書はこれまで発表した内容を刷新するとともに書き下ろしを加え再構成したものとなっている。成長を続ける英国のファブレス企業とその成長を支えるサポート体制について紹介している。

ファブレス企業による成長

半導体業界では米国シリコンバレーの革新技術が知られているが、英国にも優れた革新技術がある。

大手のIDMメーカーこそないが、優れた革新技術を武器に多くのファブレス企業が成長を続けている。32ビットプロセッサコアのIPをライセンスし携帯電話向けで90%以上の世界シェアを有するARMをはじめ、Bluetoothのヘッドセット用チップで80%の世界シェアを有するCSR、ミクスドシグナルに特化し低消費電力のオーディオチップで成功しているWolfson Microelectronics、グラフィックスや携帯テレビなど向けのマルチメディアIPで急成長しているImagination Technologies(IMG)など、特徴ある技術により多くの市場で存在感を示している。

半導体産業を成長産業として認識

本書で紹介されている企業の多くは、1990年代に事業を開始したファブレスのベンチャー企業であるが、大手メーカーがいない国で成長してきた背景には、この産業を育てて行こうとする国家レベルでの強い意思がある。

半導体を利用するエレクトロニクス産業、それを組み込むモノづくり産業、最終的な電子機器を使ってITなどのサービスを提供するサービス産業、というサプライチェーンがある。欧州では、このサプライチェーンの最も下に位置する25兆円の半導体産業があるからこそ、500兆円のサービス産業が成り立つと認識しており、半導体業を重要な基盤産業として強化している。

また、英国については国家戦略の影響も大きい。英国では、未だにサッチャリズムが継承されており、「民間企業が自らの自由意思で市場に自由に参入できる」枠組み作りを推し進めている。さらに英国政府は、GDPに対する研究開発費の割合を2008年の1.9%から2014年までに2.5%に引き上げ、研究開発立国を目指している。

英国では大学が技術開発を牽引する研究所の役割を担っているため、この流れの一環で大学への改革も進んでいる。大学は社会に貢献できる研究、ビジネス志向の研究にシフトしており、産業育成に大きく貢献することが求められている。大学が市場経済とリンクしている米国の産学協同モデルを参考に、英国では政府主導で大学と産業界との連携をサポートしている。大学側もこれまでの象牙の塔に閉じこもる研究室からの脱皮を図っており、事業化につながる実用的な研究にシフトし、民間企業との共同研究も進んでいるという。

大学が企業をサポート

上記に挙げた英国のファブレス企業には、Wolfsonがエディンバラ大学の研究者により起業されたように、大学からスピンオフされた企業が多い。日本の大学人の多くが研究成果を民間企業に移転するのに対し、英国の大学人は自分の研究が企業に移転できるほど革新的で社会的なインパクトも大きいと自負する場合、自ら起業するケースが少なくないという。

このため、大学にはベンチャーを支援する組織があり、サポート体制が充実している。例えばケンブリッジ大学には、同大学の関連企業としてケンブリッジエンタープライズがあり、大学の研究者が起業するためのサービスを提供している。また、ブリストル大学は、同大学を含めた英国南西部の4大学をまとめた支援組織「SETsquared」により研究者の支援を行っている。

ベンチャー支援環境を参考に

日本の半導体産業が今後も成長していくことを考える上で、本書で紹介されている英国の事例をそのまま日本に当てはめることはできない。しかし本章で紹介されているように、半導体産業を成長するファブレスにシフトさせるためには、ファブレスのベンチャー企業が育つ環境を充実させることは必要である。英国の産業政策の考え方や取り組み、大学の在り方は参考になるところは多い。

「欧州ファブレス半導体産業の真実-ニッポン復活のヒントを探る!」


発行 日刊工業新聞社
発売 2010年11月30日
著者 津田建二
単行本 A5判・180ページ
定価 1,470円
出版社から: 欧州各国政府は産官学を挙げて、半導体に力を入れている。本書では、その欧州半導体産業の現状と戦略、そして課題を、ファブレスビジネスの最先端企業(英国)を例に取り、ファブレスメーカーの本質を解説するとともに、日本の半導体ビジネス復活のヒントを探る。