都内にて開催された「Adobe Digital Publishing フォーラム 2011」にて、G2010 代表取締役社長 船山浩平氏のセミナー「ワクワクする電子書籍」が行なわれた。G2010とは、船山氏が作家の村上龍氏と共に立ち上げた会社で、電子書籍の制作・出版が主な業務内容。セミナーで船山氏は、G2010を立ち上げた経緯や、App Storeで販売されている電子書籍『歌うクジラ』の制作秘話を語った。

試行錯誤しつつ電子書籍を作る

G2010代表取締役社長 船山浩平氏。「音をデザインする」をテーマにグリオを立ち上げ、キューバ音楽のレーベル運営や動画番組配信などを行なってきた。G2010は村上氏との共同経営

船山氏と村上氏は10年前から交流はあったが、書籍や出版に関する仕事は一切していなかった。共同作業と言えば、共通の趣味であるキューバ音楽の仕事に限られていたそうだ。村上氏は講談社の文芸誌「群像」で約4年間連載を続けていた『歌うクジラ』の連終了直後、船山氏に連絡を取ってきたという。ちょうどiPadが発表された時期で、村上氏は『歌うクジラ』を電子書籍として出版したいと告げたという。船山氏は「これまで村上龍氏と仕事をしてきたが、出版の仕事で関われるとは思っていなかった」と当時を振り返る。

G2010では『歌うクジラ』の他に、瀬戸内寂聴氏やよしもとばなな氏、吉元由美氏らの電子書籍も制作・販売している

船山氏はスタッフ全員で『歌うクジラ』を読み、電子書籍のアイデアを練った。これまでに出版に関する仕事は一切していなかったので、完全に手探り状態だったと言う。村上氏から生原稿を受け取り、実際に制作作業が始まった。原稿はまだ出版社の校正が入る前のものだったため、原稿用紙1,400枚すべての校正を行なった 作品は最終的に原稿用紙1,100枚くらいに整った。

校正を終え、本格的なデザイン作業に入ろうとしたとき、村上氏は「小説内に絵を200~300点入れたい」とアイデアを出してきた。この案に船山氏は疑問を感じたという。いくら電子書籍といえども、途中に絵を挟み過ぎると物語のイメージを変えてしまう可能性があるからだ。村上氏と話し合い、絵はなるべく減らす方向に決定したという。

また、縦書きか横書きのどちらにレイアウトするかも大きな問題だった。村上氏はルビ無しの横書きを主張したが、船山氏には小説は縦書きという概念があった。村上氏は「自分が原稿を書くときは横書きで書いている。なので縦書きにこだわる必要はない」と答えたという。

村上氏の友人であるアーティスト 坂本龍一氏が、この本のために楽曲をが4曲書いた。船山氏は届いた楽曲を聴いた瞬間、ある曲を本の最後で流したいと思ったそうだ。通常の小説の編集行程では考えることもない、電子書籍ならではのエピソードだ。

「歌うクジラ」は坂本龍一氏の楽曲が流れるので、ビューワー内にボリューム調整機能が用意されている