東京大学 大学院工学系研究科電気系工学専攻の田中雅明教授および大矢忍准教授らによる研究グループは、エッチング手法と共鳴トンネル分光法を組み合わせた方法により、さまざまな強磁性半導体GaMnAs試料において、フェルミ準位の位置とバンド構造を系統的に明らかにすることに成功したことを明らかにした。英国の科学誌「Nature Physics」の2月6日オンライン版に掲載された。
エレクトロニクスや半導体素子では利用されてこなかった電子の「スピン自由度」を用いて、新たな機能を実現しようという研究が現在、各所で行われている。いわゆる「スピントロニクス」といわれる分野において、半導体に磁性不純物を添加することにより作製される「強磁性半導体」は、半導体でありながら強磁性を示すため、注目を集めており、特にGaMnAsは、最も典型的な強磁性半導体として、10年以上にわたり研究が行われてきた。
しかし、強磁性の発現機構とその基礎物性とも言えるバンド構造は十分に理解されておらず、特に、フェルミ準位の位置を明らかにすることは、これらの材料系における強磁性発現機構の理解およびデバイス応用の実現のためにも必須であり、解明が待たれていた。
一般的に強磁性半導体材料でこれまで受け入れられてきた考え方は、伝導に寄与する正孔が価電子帯中に存在するという価電子帯伝導モデルで、Mnのドーピングによって形成される不純物バンドと価電子帯が強く混成し、その混ざったバンドの中にフェルミ準位(EF)が存在すると考えられてきた。しかし、近年の主に光学的な測定により、EFが価電子帯中ではなく禁制帯中に存在することが示唆され、その真偽が論争の的となっていた。
今回の研究グループの研究では、GaMnAs(d=4.6-22nm)/ AlAs(5nm)/GaAs:Be(100nm)/p+GaAs(001)で構成されるさまざまなMn組成と強磁性転移温度を持つ素子を、分子線エピタキシー法を用いて作製。素子の表面をエッチングを用いてわずかに削ることで、GaMnAsの膜厚dの異なるさまざまな素子を作製した。
GaMnAsの価電子帯の正孔は、表面側の空乏層により曲がった価電子帯が作るショットキー障壁とAlAs障壁に挟まれることでエネルギーが離散化(量子化)し、青線で示すような共鳴準位が形成される。GaMnAsの厚さdの増加によもない量子化が弱くなり、これらの共鳴準位はバルク状態(dが無限大)における価電子帯の頂上(価電子帯と禁制帯の境目)に近づいていく。
一方、フェルミ準位は電圧がゼロの状態に対応するため、共鳴準位の電圧を調べることで、フェルミ準位の位置が分かることから、研究グループでは、電流を図2の(a)で示した素子構造の下部から上部に流して測定を実施した。
図2の(d)は実際に実験で得られた電流-電圧特性の二階微分特性(-d2I/dV2)を、印加電圧とGaMnAsの厚さに対してカラーマッピングしたグラフの一例だが、上部の白丸に対応するdの値が、実際に測定を行った素子のGaMnAsの厚さで、それ以外の領域は外挿によりマッピングされており、それぞれのdにおいて(グラフを縦に切ると)、d2I/dV2の大きさが電圧の変化に対して振動していることが分かる。
また、振動のピークの電圧値が、dの増大にともない有限の値に収束する傾向を示しているが、これは、図2の(c)で説明されている共鳴トンネル効果の典型的な振る舞いであるという。
この収束先の電圧がGaMnAsの価電子帯の上端エネルギーEVに相当する一方、フェルミ準位EFは電圧がゼロである状態に相当するため、EFは禁制帯中に存在することが分かる。
今回の研究で測定を行ったすべての試料において、EFが禁制帯中に存在することが明らかになっており、理論的に得られた共鳴準位も実験結果を再現できるものとなっており、フェルミ準位の位置とバンド構造を定量的に求めることに成功したこととなった。
この結果、GaMnAsの価電子帯はMnの影響をほとんど受けておらず、GaAsの価電子帯がほとんどそのままの形状でGaMnAs中にも存在していることが明らかになった。さらに、今までこれらの系の強磁性の発現において重要だと考えられてきた価電子帯のスピン分裂が、無視できるほど小さい(3-5meV)ことも明らかになった。
今回の研究では、大きな問題となっていた強磁性半導体GaMnAsにおけるバンド構造とフェルミ準位EFの位置が未解明であることについて、精度よく定量的に決めることに成功した。また、従来、強磁性の発現と大きな関係を持つと考えられていた価電子帯のスピン分裂が、極めて小さいことが明らかになった。
これらの結果は、従来一般的に受け入れられてきたこれらの材料系のバンド構造の理解とは大きく異なっており、強磁性発現機構を理解する上で重要な知見であると言えると研究グループは説明しており、今後の、室温で強磁性を示す半導体材料の実現や、これらの材料系を用いた次世代の量子効果を用いたスピントロニクスデバイスなどの開発においても、重要な指針になると期待されるとしている。