京都大学(京大)および英国オックスフォード大学は、平面構造上に作成した約100nmの長さのレール上でDNA分子機械を移動させ、その動きを実時間で直接捉えることに成功したことを明らかにした。2011年2月6日(英国時間)に英科学誌「nature nanotechnology」(オンライン版)で公開された。
分子は生物を構成する最も小さな単位であり、その分子が規則的に集合し、組織化されることで機能する生物に組みあがっていく。こうした、規則にしたがって分子が集合する現象「自己集合」は、ナノメートルスケールの世界で起こるため、分子を積み木のようにつかんだり、分子に触れたりすることはできない、そのため、あらかじめ分子に指令を書いておき、その指令にしたがって集合させる必要がある。これらの1つひとつの分子を思ったとおりに並べ、操る技術は、1つひとつの分子をナノメートル単位で正確な位置に置くことから始まるほか、それを直接見て動きを確かめる「目」も必要となり、分子を見る装置として「原子間力顕微鏡(AFM)」が用いられている。
京都大学の杉山弘 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)教授および遠藤政幸 iCeMS准教授らによる研究グループは、分子であるDNAを使って、100nm程度の構造体を作成、その上にさらに分子を思ったとおりに並べる技術として「DNAオリガミ」の開発を行っている。
同技術を用いると、分子を作成した構造の上の好きなところに置くことができるようになるほか、その分子が動く様子をAFMで直接観察する方法も開発してきた。今回は、これらの技術を応用して、好きな位置に置いた分子を敷き詰めたレールに沿って動かすように操り、この動きをAFMで捉えることに挑戦した。
今回の研究では、分子を動かすこと、分子を設計図のとおりに並べること、そしてその動きを観察することの3点を実現することが必要となる。
分子機械は、回転運動や1方向への移動など生体中で見られる分子が行う運動をヒントに作られている。今回の研究で用いたのはDNAを用いた分子機械で、1方向へDNA鎖が移動する運動を使っている。この中で、1列に並んだ1本鎖DNA(図1中の緑色のDNA)に対し、その相補鎖DNA(DNAモータ:図1中の赤色のDNA)が結合、2本鎖DNAとなると、この塩基配列で酵素(Nt.BbvCI)が切断し、1本鎖DNAが短くなる。これにより、DNAモータはより安定に結合できる隣の長い1本鎖DNAへ移動していくこととなる。つまり、この反応を繰り返せばDNAモータは順次1列に並んだ1本鎖DNA上を移動していくこととなる。
また、このDNAモータが動くためのレールとなる部分を作る必要もあるが、これには数nmの精密さで分子を決められた場所に並べる技術が必要になる。DNAオリガミ法を使うと、あらかじめ設計したとおりの大きさや形の構造体を作成することができることから、同法で作成した長方形の構造体の上に、約100nmのレールとなる17本の1本鎖のDNAを一列に等間隔に並べた。
このレールのSite1と呼ぶ末端にDNAモータを導入すると、導入後、酵素反応により、DNAモータは順次隣のDNA鎖に移動していき、最後の末端のDNA鎖(Site17)で停止した。レール上のDNA鎖とDNAモータは2本鎖を形成されているため、AFMによって直接見ることが可能であり、これをAFMで時間を追って観察していった。その結果、DNAモータの位置は、時間が経つに連れて、上流から下流に一方向に進んでいくことが判明した。
また、研究グループでは、高速で操作できる特別なAFMを用いてDNAモータが動く様子を直接捉えることにも挑戦した。分子は水溶液中でランダムにブラウン運動しているが、この系のようにDNAナノ構造上のレールの上を一方向に動く場合は分子の位置と進行方向が特定されるため、よりその運動を観察しやすくなる。高速AFMにより測定を続けた結果、DNAモータが首を振るように運動し、あるとき次の場所に移動していく様子を捉えることに成功した。
この動きを詳細に検討すると、その動いた距離はレール上の隣り合うDNA鎖同士の距離に相当し、DNAモータがレール上のDNA鎖を介して、ワンステップずつ進んでいくことが判明した。また、この現象はAFM測定のような表面に固定した測定のときに起こるだけではなく、水溶液中でも同様にDNAモータが進行する様子が確認されたことから、1分子で動作する分子機械の動きをナノ構造体上でコントロールすることが可能であることが示され、DNAを用いて、移動可能な分子機械の運動を高速AFMによって可視化することに成功した。
なお、研究グループでは、今回の成果を踏まえ、レールをいろいろな方向へ分岐させたより複雑な移動ができる系を開発中としている。これが実現されればレールの分岐に「ポイント」を付けることで、右に進むか左に進むかを自由にコントロールできるようになるとしており、人工的に分子を組み上げていくことで、目的にあわせたナノ・メゾスケールのロボットの開発につながっていくものとの期待を示している。