最新CG技術を駆使し、かつディズニーデジタル3Dで公開されるウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン配給の映画『トロン: レガシー』。本作における、その先進的なCG映像を生み出したのが、これまでに映画『マトリックス』シリーズや、第81回アカデミー賞で視覚効果賞を受賞した『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』の映像制作を担当した米VFX制作会社、Digital Domain(デジタル・ドメイン)だ。同社のリードテクニカルディレクターとして多くの作品に携わってきたCGクリエイター・三橋忠央氏に映画『トロン: レガシー』の映像制作について話を伺った。
三橋忠央 |
――まず、本作のCG制作に要した期間を教えてください。
三橋忠央(以下、三橋)「構想段階からカウントすると約3年ですが、CG制作がスタートしてから完成までと考えると約2年です。うちの会社のアーティストおよび技術者は、延べ450名程度関わりました」
――現在、ハリウッド映画では複数のCG制作会社がひとつの作品のCG制作に携わるスタイルが主流になっています。本作において三橋さんの所属するデジタルドメインは具体的にどの部分の映像制作を担当したのでしょうか。
三橋「この作品で、ビジュアルエフェクトスーパーバイザーを務めているデジタルドメインのエリック・バーバは、昔、うちのCM部門に所属しており、元々CM制作出身であった本作のジョセフ・コジンスキー監督と一緒に仕事をしたことがあったんです。そういったつながりや、映画『ベンジャミン・バトン』でフォトリアルな人間の頭を作るという仕事に成功したことから、本作のCG映像1500ショットは、すべてデジタルドメインが引き受けました。ただ全ショットを自社だけで制作するのは量的に無理があるだろうということで、アウトソースという形で、他社にも制作を依頼していますが、エリックがすべての映像をチェックしていましたね」
――同社が映画『ベンジャミン・バトン』の際に実現させた世界初の"バーチャルヒューマンのバーチャル散髪"のように、本作にも何か世界初となる最新CG映像は含まれているのでしょうか。
三橋「細かなことをいえば色々な意味で新しい挑戦だったなと思います。ひとつ挙げるとすれば、今回、僕らが作ったクルーというキャラクターの頭部ですね。あれはケヴィン・フリン役のジェフ・ブリッジスが35歳くらいだった当時の風貌なんです。これまでに映画『マトリックス』シリーズで実在する人物と同じものを作り、映画『ベンジャミン・バトン』ではブラットピットが80歳になったころの風貌を作ってきました。80歳のブラットピットは存在しないため、ある意味空想の人間を作ったことと同じことです。そういった意味では、今回、35歳のジェフ・ブリッジスを制作したことは近い部分があるんですが、ベンジャミンと違うのは、その35歳のジェフ・ブリッジスをみんなが知ってるということです。正解がわかってしまっているので、ブレることができないんです。そこが今回、新しいチャレンジだったと思います」
――ジョセフ・コジンスキー監督は現在でも3Dモデルとグラフィックスを専門とする助教授として大学に籍を残しているほど、CGに精通している人物です。本作のCG制作にあたりどのようなオーダーを具体的に受けましたか。
三橋「オリジナル版の映画『トロン』(1982年)は、明らかに映像業界に多大な衝撃をもたらした作品だったわけで、そういった作品の世界をうまく伝えつつ、同じものを作ってはいけないし、まったく異質なものを作ってもいけない。そこの部分にとても気を遣いましたね。また、監督の思い描くトロンの世界は、"単なるコンピュータグラフィックスの世界=コンピュータっぽく見せればいい"のではなく、例えば、机にちょっとした汚れやスクラッチがあったりと、もっと現実的に進化していて、より現実世界に近い世界なんだということを説明されました」
映画『トロン:レガシー』 |
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デジタル界のカリスマとして名をはせたエンコム社のCEOケヴィン・フリン。彼が謎の失踪を遂げた20年後、息子のサムに突然ケヴィンからのメッセージが届く。ケヴィンの研究室でサムが見たものとは…… |
――本作はディズニーデジタル3Dで公開されることも売りのひとつになっています。制作時にこれまでの2D作品と何か違った点はありましたか。
三橋「やはり3Dだと右目と左目の両方の映像を作らなくてはいけないので、作業量が単純に2倍になるときがあります。また、この作品では最初から3Dに対応したカメラで実写シーンを撮影しており、その実写素材に合わせて、CG立体を作らなければいけませんでした。通常、PCでCGを作る際のカメラ位置は自由に決められるんですが、今回は実写にマッチさせなくてはいけなかったので、カメラ位置を自由に変えることができませんでした。そこはかなり気を遣いましたね。また、正直僕は3Dメガネをかけて映画を観るのがあまり得意ではないのですが、この作品においては奥行き方向にうまく立体視を使っており、とても自然でしたね。基本、立体視の場合は手前から奥まで、すべてにピンが合う、パンフォーカスで作る場合が多いんですが、この作品では果敢にボケを入れていました。それがとても上手にできていたなと感じましたし、やはりそういった部分が観ている側に自然な印象を与えたのかなと思います」
――三橋さんは普段、アメリカで生活しているわけですが、日本人CGクリエイターについてどういった印象をお持ちですか。
三橋「今回日本に帰って、色々な日本映画を観たんです。作品を観ていて思うのが日本のCGクリエイターの力量が上がっていて、その点では、もうハリウッドと対等に渡り合えるだけの土台が出来上がってきているんだなということです。しかし、実際に業界の人たちや生徒さんたちと会って話してみると、みんなとても自分にはできないだろうと最初から諦めているところがあるんですよね。でも、『なんでそう思うの?』と聞いても誰も確固たる根拠がない。根拠のない諦めというのは凄く残念なことです。自分が世の中を変えることなんかできるわけがないと思ってしまっているんです。自分もその原動力の一部に成り得るんだと意識し自覚することができれば、まったく恐いものなんてありません。もしハリウッドでやってみたいという気持ちがあるならどんどんチャレンジしたらいいんじゃないかと思います」
映画『トロン:レガシー』は12月17日全世界同時公開。
撮影:石井健
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