NTTと京都大学の研究チームは、量子コンピュータ実現に向けた誤り耐性方式を開発したことを明らかにした。
量子コンピュータに必須な量子ゲートにおける量子状態は外界の影響による雑音を受けやすいことから、多少の誤りがあっても誤り訂正を行いながら計算を進めることのできるフォールトトレラント量子計算の実装が必要とされている。しかし、フォールトトレラント量子計算の実現を難しくしている原因の1つとして、現実的なデバイスを考慮すると、確実に正しい演算をする量子ゲートの実現が難しく、成功する確率があまり高くない確率的ゲートとならざるを得ず。これまでに成功確率50%以上の量子ゲートを用いてフォールトトレラント量子計算が可能であることは知られていたが、線形光学素子などの既存のデバイスを用いた量子ゲートは検出器の効率を含めると50%未満の成功確率になってしまうことが課題となっていた。
確率的ゲート。確実には成功せず、確率的にのみ成功するゲートのことで、確率的ゲートでは、シグナルにより成功か失敗かを判定する。例えば、線形光学素子を用いた量子ゲートでは、原理的に確率的ゲートしか作れないことが知られている。また、シグナル検出に通常用いられる光子検出器の効率は10~70%(波長により異なる)であるため、さらに成功確率は低下する |
今回開発された方式では、まず計算モデルとして測定モデルの一方向量子計算を導入した。量子計算のモデルは、大きく分けて従来型の回路モデルと近年研究が進む測定モデルの2種類に分けられる。
回路モデルは、量子状態が破壊されないように保ちながら量子ゲートを順に施すことで計算を進めるが、その結果、量子ゲートの誤りが積っていくことが課題とされている。一方、測定モデルでは、量子ゲートを用いて始めに複数の粒子間に量子力学的な相関がある状態(量子もつれ:エンタングルメント)を計算のリソースとして用意し、その後、処理の簡単な測定を行うことで計算を進める。量子もつれが準備できた後は量子ゲートの必要がないので回路モデルのように計算中に誤りが積らないという利点がある。
測定モデルの一方向量子計算。一方向量子計算は、量子コンピュータ実現に向けて有望視されている測定モデルの量子計算方式で、クラスタ状の量子もつれ状態をあらかじめ準備しておけば、あとは非常に簡単な処理だけで量子計算が行えるという特長を持つ |
また、誤り訂正符号としてトポロジカル符号を導入した。フォールトトレラント量子計算に用いる符号は、大きく分けて2種類に分けられる。従来型の連結符号と近年開発されたトポロジカル符号で、連結符号では従来のブロック符号を繰り返し用いることで誤り訂正を行うが、現実的な物理系(例えば、量子ゲートは近接相互作用のみとするなど)を考慮すると必要な量子ゲート数が膨大になり、またその結果として小さな誤りしか訂正できなくなるという課題が判明している。
一方、トポロジカル符号は、現実的な物理系を考慮して量子ゲートは近接相互作用のみとすることを念頭において考案された新しいモデルで、連結符号のような困難はないことに加え、一方向量子計算を自然な形に実装できるという特徴がある。
トポロジカル符号フォールトトレラント一方向量子計算。トポロジカル符号は、近年研究が進む量子誤り訂正符号で、トポロジ(位相幾何学)を意識した構成になっているためこのように呼ばれている。ここで用いる量子ゲートは、現実的な物理を考慮した近接相互作用のみであり、また一方向量子計算を自然に実装できることにおいても、現実性が高いとされている |
さらに、一方向量子計算においては、リソースとなる量子もつれを生成できればその後は簡単な操作で量子計算が行えるため、リソースをいかにして生成するかが量子計算を実現する鍵となる。今回、原理的には任意に小さい成功確率の量子ゲートを用いても、分割統治法を効果的に用いることでトポロジカル符号一方向量子計算のリソースの生成が効率的にできること、つまりフォールトトレラント量子計算が可能となることが示された。これは、一方向量子計算とトポロジカル符号を共に導入することで可能になったことであり、従来の回路モデルや連結符号を用いた方式において、成功確率50%未満の量子ゲートを用いる方法はなく、これにより、演算の成功確率に制限がなく、原理的には任意に小さい成功確率の量子ゲートを用いてフォールトトレラント量子計算を行うことが可能となることが示された。
研究チームでは、今回開発した方式により、これまで使用できなかった誤りの大きなデバイスを用いても量子ゲートを実装することが可能となり、量子コンピュータの実現に大きく近づいたとしている。量子ゲートの成功確率は小さくなっても構わないので、誤りを検出して取り除ける形に量子ゲートを構成し、検出不能なエラーが小さくなるようにすることで、フォールトトレラント量子計算が可能になるという。例えば、線形光学素子による原理的に避けられない確率的誤り、また光子の生成率や検出率の低さによる主要な誤りはこれにより取り除くことができるようになる。
また、同研究の成果は、現状ではまだ課題が多い量子コンピュータの実現に向けて、既存の技術を用いた低コストなエンジニアリングの可能性を示唆するものであり、さまざまな物理系において実装法を再検討する期待が持てることから、今後は具体的な実装法の検討および実証実験を進めていく予定と研究チームではコメントしている。
なお、同成果は、米国科学誌「Physical Review Letters」に受理されており、近日中に掲載される予定となっている。