産業技術総合研究所(産総研)および広島大学 放射光科学研究センター(HiSOR)を中心とする研究グループは、放射光の直線偏光特性を活用するため、放射光の光軸のまわりに回転可能な高分解能角度分解光電子分光装置を開発し、ルテニウム酸化物超伝導体の超伝導機構の解明に向けた手がかりを掴んだことを発表した。

新たに開発された直線偏光放射光を活用した高分解能角度分解光電子分光装置の概要図

超伝導は低温で物質の電気抵抗が完全にゼロになる物理現象で、実用的にもリニアモーターカーや医療用核磁気共鳴画像装置(MRI)などで利用されている。1994年に日本で発見されたルテニウム酸化物超伝導体はユニークな超伝導状態を示し、世界の注目を集め、これまで数多くの研究が行われてきたが、いまだにその超伝導のメカニズムは謎に包まれたままであった。

超伝導は、電子と電子、2つの電子が電子対(クーバー対)を組んで運動することで実現されるが、この電気的に反発しあう電子対を作るためには、電子間に"のり"として働く何らかの引力が必要である。電子対は、電子のスピン(自転)の向きにより、2通りの組み方(対称性)が存在するが、この電子対の対称性は、"のり"の種類およびその性質によって変化すると考えられており、超伝導のメカニズムを解明するためには、"のり"の起源を明らかにすることが必要不可欠となっている。

アルミニウムなどの金属元素の超伝導については「BCS理論」で説明されている。BCS理論によると結晶中の原子の振動が"のり"として働き、電子のスピンの向きが反平行(スピン一重項)になるように電子対が形成される。1986年に発見された銅酸化物系超伝導体もスピン一重項の対称性を持つ超伝導体であることが知られているが、、銅酸化物系超伝導体の"のり"が、BCS超伝導体と同様に原子の振動による"のり"であるのか、もしくは電子のスピンに由来する磁気的な新しい"のり"であるのかは、現在も盛んな議論が続いているところとなっている。

一方、ルテニウム酸化物超伝導体(Sr2RuO4)は、電子のスピンの向きが平行な電子対(スピン三重項)を形成するユニークな超伝導体として注目を集めており、銅酸化物系超伝導体を含む新しいタイプの超伝導がどのようなメカニズムで生じるのかを理解するために、ルテニウム酸化物超伝導体における電子と電子を結びつける"のり"の成分と強さを明らかにすることが求められていた。

(a)が電子のスピン、(b)(c)が電子対の対称性の概念図

銅酸化物系高温超伝導体と同様に、ルテニウム酸化物超伝導体は「層状ペロブスカイト構造」を取り、ルテニウムと酸素からなる二次元平面(RuO2面)が超伝導の舞台となる。銅酸化物系超伝導体では、超伝導に関与する電子の運動状態が一種類だけであるため、角度分解光電子分光という手法を用いることで、超伝導を担う電子の運動の様子を調べることが出来たが、ルテニウム酸化物超伝導体では超伝導を担っている電子は3つの異なる運動状態にあるため、電子対を形成する"のり"の成分や強さを精密に調べることは困難だった。

ルテニウム酸化物超伝導体(RuO2)の結晶構造

このような問題を打開するために研究グループは、放射光の直線偏光特性を利用出来る高分解能の角度分解光電子分光システムを新たに開発。同システムでは、放射光の光軸のまわりに高分解能光電子分光装置を90°回転することで、放射光の偏光方向とルテニウム酸化物超伝導体の結晶方位の関係を変えることができ、これによりこの配置に強く依存する光電子強度から、特定の運動状態にある電子のみを選択的に検出することが可能となった。

回転型の高分解能光電子分光システムの概念図

また、研究グループは、同装置を用いて、水平・垂直偏光配置を切り替えることで、ルテニウム酸化物超伝導体の異なる運動状態にある電子を選択的に可視化することに成功。解析の結果、電子は原子の振動に同調しながら運動することで、超伝導電子対を作ることができることが判明、これにより、結晶中の原子の振動が"のり"として関与していることが初めて明らかとなった。

観測している領域は同じであっても、異なったイメージが得られており、選択的に電子の運動状態を観測できていることが分かる。色の最も明るい部分をグラフに描いたのが(c)で、赤と青のグラフはそれぞれ垂直・水平偏光配置のイメージから得られた結果であり、それぞれ異なる電子(赤:dzx、青:dxy)の運動状態を表す。(c)のグラフの傾きは電子が運動する速さを表す。グラフの傾きが急なほど電子の速さが早く、傾きが緩やかなほど遅くなる。点線は電子と電子の間に"のり"がまったく働かない場合の理論曲線。赤いグラフで表される電子は理論曲線にほとんど一致し、"のり"がとても弱いことが分かる。一方、青いグラフで表される電子は理論曲線からのズレが大きく、傾きがかなり緩やかになっていることがわかる。すなわち"のり"が強く働く結果、電子の速さが遅くなっている。グラフの折れ曲がりは、結晶中の原子が振動する特徴的なエネルギーと一致することが(c)の網かけ部分で分かる

同研究手法は、複雑に絡み合う電子の運動状態を個別に精密に分析できる新しい手法であり、超伝導の起源となる電子対の"のり"の成分や強さを直接見ることができるようになる。これにより超伝導になる温度をあげる方法や、新規超伝導体の探索の重要なヒントが得られることが期待できると研究グループでは説明している。

なお、今回の結果により、新機能を有する電子材料開発、物性発現機構の解明、物性制御手法の探索において、電子と結晶中の原子の振動との相互作用が重要な役割を演じることも判明した。今後、同研究手法が明らかにする電子の運動状態に関する情報は、超伝導体をはじめ熱電材料などの機能性の高い新規エレクトロニクス材料の開発研究において重要な指針を与えるものと期待されるという。