酒井穣さんの新著『これからの思考の教科書』を紹介しよう。酒井さんといえば、『はじめての課長の教科書』『あたらしい戦略の教科書』などのビジネスパーソン向けの素晴らしい書籍を出されてきた。これらの2冊は教科書の名にふさわしく、踏まえるべき点を網羅しており、かつ現在のビジネスパーソンに使いやすいようにアレンジもされてあるという稀有な書だった。
そして今回『思考の教科書』ときた。課長も戦略もしょせんは思考をしないといけないわけで、より根本的なところに踏み込んだ本になっている。
本書は大きく3つの思考 - ロジカル・シンキング、ラテラル・シンキング、そして、インテグレーティブ・シンキングについて書かれている。
ロジカル・シンキングは今や常識だ。仕事をする上で論理的な文章を書く、論理的に話す、論理的なプレゼンをする……といったときに必須となる。新人のうちは難しいだろうが、2、3年の間には身につけておきたい素養だ。
便利なロジカル・シンキングだが、戦略を立てるときはこれだけではいけない。ロジカルだけで立てた戦略はあっと驚くような飛躍がありえないので当たり前の戦略になってしまう。
現代は高度成長時代のように横並びではダメで、他社と差別化できなければ利益を上げられない。ロジカルだけで立てた戦略は自社の幹部は説得できるだろう。しかし、他社に勝つにはあっと驚くような発想に基づく戦略が必要になる。
そこで2つ目のラテラル・シンキングの登場だ。ラテラル・シンキング(水平思考)はいわゆる発想法と考えてよい。これにはさまざまな手法があり、本書でも教科書の名にふさわしく幅広く紹介している。
アブダクションという思考法が特に紹介されており、これは帰納、演繹に並ぶ思考法だという。
アブダクションとは「まず驚くべき事実Cを観察し、それを説明する仮説Hを考える」というものだ。たとえば、道行く人を見て、何か違和感を感じたとして、何かのブームのきざしを発見する、といったものだろうか。
ここで「驚くべき事実」に気づくかどうかが問題だが、そのためには大量の知識が必要だという。異常に気づくには正常なパターンを知らなければならない、というわけだ。
「大量の知識」は知識の組み合わせで発想を広げるシネクティクス法でも必要とされているという。
詰め込み式と思われがちな「知識」と「自由な発想」という2つは真反対にあるように思えるが、発想のためには知識が必要とは興味深い。
さらには「想像力は分野限定である」というのも面白い。モーツァルトの想像力とニュートンの想像力は交換できないというのだ。言われてみれば確かにその通りだ。
想像力だけで勝負できる場所などどこにも存在しないのであって、地道に積み上げたスキル(基礎)の上に、そのスキルの文脈の範囲内においてのみ花咲くのが価値のある創造性
これには打ちのめされる。本書に何か新しい発想法が書いてあって、それを学べば発想が豊かになるかも、という甘い考えは通用しない。
さて、ここからが本書の真骨頂、インテグレーティブ・シンキングだ。ロジカルとラテラルは知っていても、皆さんもこれは知らないのではないだろうか。
インテグレーティブの前段階として、サバイバル・シンキング(生存思考)が紹介されている。「考える」ということはビジネスでは次のように定義される。
目標達成のために、取りうるアクションを洗い出し、メリットとデメリットを評価する活動のこと
サバイバル・シンキングとはこれらの活動のそれぞれにロジカルとラテラルを適宜使うというものである。我々は職場ではまずはこれを目指せば良いのだと思う。
インテグレーティブ・シンキングとはこの最後の評価の段階で、アクションのどれかを選ぶのではなく、複数のアクションを横にらみしながら、すべてを満足する新しいアクションを生み出す思考法だという。
それをどうやればよいかについては正直、本書を読む限りはわからなかった。インテグレーティブ・シンキングは人間の思考そのものでもあるようなので、その方法論はまだ出来上がっていないようだ。
ただ、経営者が経営ビジョンを立てるときにインテグレーティブ・シンキングが必要だという箇所では、『経営の教科書』(新将命 著)の次のくだりを思い出した。
一見利害が対立するような二つの命題があったとき、片方だけをとって他方を捨てるのという選択をするのは、二流、三流の経営者がやることである。一流の経営者は、一見両立させることがむずかしいものであっても、うまくバランスをとり、両方ともかなえる方法を見つけ出すものだ。
ああ、新さんはインテグレーティブ・シンキングを会得しているのだと思った次第である。
本書『これからの思考の教科書』は、いろいろな著名な理論をその出典を示しながら紹介しつつ(ロジカル)、たとえ話による説明が織り込まれており(ラテラル)、ビジネスパーソン向けにちょうど良く編集されているという意味でツボを押さえた内容になっている。
ロジカル・シンキングだけは知っている、という人は手にとってみることをおすすめする。
これからの思考の教科書
酒井穣 著
ビジネス社 発行
2010年10月10日 発売
四六判 / 222ページ
ISBN978-4-8284-1590-1
出版社から: これからのビジネス社会に必要なのは「思考法」です。思考法と言うと「ロジカル・シンキング」を思い浮かべますが、これは最早常識的なスキルであり、それだけでは勝ち抜くことはできません。そこで重要になってくるのが「ひらめき」なのです。本書は、第1部で「ロジカル・シンキング」 第2部で「ラテラル・シンキング」 第3部で「インテグレーティブ・シンキング」を取り上げ、ビジネスパーソンの武器としての思考法を解説します。