米Oracleと独SAPの3年越しの訴訟が大詰めを迎えている。業務アプリケーションで激しい戦いを繰り広げる2社だが、法廷での戦いがどのような決着を迎えるのか。市場の関心を集めている。

カリフォルニア州北部地区連邦地裁で11月2日よりはじまった審理では、米OracleのCEO Larry Ellison氏をはじめ、同社元社長のCharles Phillips氏、社長のSafra Catz氏、SAPの元ナンバー2のShai Agassi氏など、豪華な顔ぶれが連日証言台に立った。

Oracle CEOのLarry Ellison氏

OracleプレジデントのSafra Catz氏

この訴訟は2007年3月にさかのぼる。Oracleは、SAPの子会社TomorrowNowが不正に自社のドキュメントなどをダウンロードしたとして、SAP、米国子会社のSAP America、TomorrowNowを相手取って訴訟を起こした。

TomorrowNowは「PeopleSoft」「J.D. Edwards」などのサポートを割安で提供する企業で、SAPは2005年2月に同社を買収した。OracleがPeopleSoftを敵対買収したタイミングでもあり、SAPの狙いは、Oracle買収に不満なPeopleSoft顧客を取り込むことだといわれていた。

Oracleはここで、TomorrowNowが2006年11月と12月、自社顧客向けのサポートサイト「Customer Connection」を通じて、著作権のあるソフトウェアコードなどのドキュメントを入手したと主張した。同年6月、Oracleは追加申し立てを行い、著作権侵害と契約違反の容疑を加えた。

Henning Kagermann氏がCEOを務めていたSAPは当初、一度は「断固として戦う」と述べたが、7月には不正ダウンロードの事実を認めた。堅実、真面目といった企業イメージを持つSAPにとって、不正行為はイメージを損なう。早く決着をつけたいSAPと、敵が不正を認めたことで勢いづいたOracleは、解決に向けたステップで食い違った。体外的イメージを気にしたKagermann氏は11月、TomorrowNowの経営陣を解雇し、事業売却の可能性を示した。結局、TomorrowNowは翌年10月に事業を停止した。

その間、連邦地裁はこの件を調停扱いとすることを決定、それからも、審理を後延ばしにして決着を遅らせようとするOracle、早期収拾を図るSAPのかけひきが続く。Oracleは2008年4月に提出した書類で、ドキュメントやソースコードだけではなくアプリケーションのダウンロードもあったこと、SAP幹部はTomorrowNow買収時点で不正行為を知っていたことなど、スコープをさらに拡大した。一方のSAPは、次々と主張を加えて和解に向かおうとしないOracleに対し、要点は、不正に入手したのはどのドキュメントか(不正行為の範囲)、損害はいくらになるのか、などにまとめられるとして、具体的事項についての説明を求めた。

SAPがすでに不正行為を認めていることから、残る焦点は賠償金額がいくらになるのかとなった。降伏状態にある相手から少しでも多く搾り取ろうとするかのように、Oracleは8月に提出した事前書類で、著作権侵害、不当利得などの結果として損害賠償は数十億ドルとした。一方のSAPは法的責任を認め、損害賠償は数千万ドルとはじいた。

双方が弁護を繰り広げる審理の初日(2日)、SAPは弁護士費用など訴訟費用として1億2,000万ドルをOracleに支払うことで合意したことを明らかにした。条件として、Oracleはこれ以上の損害賠償を要求しないことに応じた。これにより、損害賠償金額の議論は不正行為によるものに絞られた。なお、Oracleの弁護を務める弁護士には、米Microsoft対米政府で政府側の代理を務めるなど凄腕として知られるDavid Boies氏が入っている。

MarketWatchなどの報道によると、8日に出廷したEllison氏は、Oracle側はSAP幹部が違法行為を知りながらTomorrowNowを買収したことなどを主張したという。そうした違法行為により、最低でも20%、多くて30%のPeopleSoftの顧客を、約10%のSiebel Systems顧客をSAPに奪われたと述べ、損害賠償40億ドルの支払いを要求した。これには、損失した顧客の売り上げ金額、損失顧客に対するアップセル/クロスセルの売り上げ金額、不正入手したドキュメントのライセンス料金などが含まれる。これは、SAPが提示していた4,000万ドルの実に100倍となる。

だが、Ellison氏の強気な表情が陰る場面もあったようだ。SAP側の弁護士は、

  1. 当時、顧客を奪われることを懸念していたという証拠がない
  2. 実際にSAPに乗り換えた顧客はPeopleSoftの1万社のユーザーのうち358社にすぎない

などの議論を突きつけた。「(358という数は)30%からはかけ離れていますね?」と聞かれたEllison氏は、これを認めたという。

翌日に登場したOracleのCatz社長は、SAPがTomorrowNowを買収後もOracleは大手顧客を失っていないとした自分の電子メールについて、TomorrowNowの違法行為を知らなかったときのもの、と述べたという。そして、SAPの主張する損害賠償金額4,000万ドルを一笑し、「自社の不正行為発見に対する報奨金だ」と跳ね返したという。

一方、Agassi氏らの証言から、SAPの取締役会がTomorrowNowの買収時から訴訟リスクについて知っていたことも明らかになったようだ。

8日、判事はOracleに対し、損害賠償金額に損失顧客に対するアップセル/クロスセルの料金を含むべきではないと命じた。その時点でOracle側が計算していた損害賠償金額は約22億ドルだったが、5億ドルをマイナスし、16億6,000万ドルになった。

期せずして"時の人"になってしまったSAPの前CEO Leo Apotheker氏。Larry Ellison氏はHPボードメンバーがHurd氏を辞任させたことを激しく非難し、その後、Apotheker氏がHPのCEOに着任が決まったときには痛烈な皮肉のコメントを発している

Oracleはこの訴訟でSAP叩きと同時に、(意図せずか、意図してか)もう1社ともゲームを展開している。米Hewlett-Packard(HP)だ。Oracleが米Sun Microsystemsを買収し、製品ラインにハードウェアを持ったことでHPとの関係が変わりつつある中、スキャンダルが原因でHPのCEOを辞任したMark Hurd氏を、Ellison氏はすぐさまOracleの社長に起用している。そして、Hurd氏の後にHPのCEOについたのが、SAPのCEOを辞任したLeo Apotheker氏だ。

Oracleは今回の審理で、Hurd氏の後任としてHPのCEOに就任したLeo Apotheker氏の召喚を求めた。不正行為をどのぐらい把握していたのかについてApotheker氏の証言が重要になる、との理由からだ。Apotheker氏はCEO就任前に、PeopleSoftからの乗り換えを含む営業を統括していた。だが、HPは自社イメージを損なわないためにApotheker氏の出廷を拒否し、Apotheker氏の居場所について口を閉ざしていた。Apotheker氏を証言台に立たせようと必死だったEllison氏が探偵を雇ったといううわさ、行方をくらましていたApotheker氏が日本でインタビューに応じたことなどが大きく報じられている。なお、Bloombergによると、Oracleの当初の法廷書類にApotheker氏の名前はなく、同氏のCEO就任が決定した後に名前が加わったとのことだ。

この審理はまだ継続中で、11月末に損害賠償金額が決定する見通しだ。