Cスタジオ 代表取締役 千貫素成氏 |
システム構築をSIerに任せっきりにしてしまう傾向が強い日本においては、本当の意味で自社システムを掌握している情報システム担当者は数少ない。そういった点で、千貫素成氏は非常に稀有な存在だったと言えるだろう。
千貫氏は、1988年に三和銀行(現在の三菱東京UFJ銀行)に入社。22年間にわたり同銀行のシステム構築/運用に携わってきた。その間、急拡大するグループの全社最適化に目を向けながら、ITスタンダードやエンタープライズアーキテクチャの策定に取り組む。その結果、「PaaS」や「プライベートクラウド」といった言葉が登場する以前から部門別従量課金の仕組みを導入するなど、数多くの実績を残している。
こうした経験とノウハウを国内で広く役立てていきたいとの考えから、2010年10月にコンサルタントとして独立。現在はCスタジオ 代表取締役という肩書で活躍している。
千貫氏が特徴的なのは、大手銀行出身者としては珍しく、OSS(Open Source Software)を最大限に活用して自社独自の標準フレームワークを構築すべきという考えを持っている点だ。ベンダーが販売する高機能なアプリケーションサーバを導入したり、外部のSIerに任せきりにしたりするのではなく、ユーザー企業が自ら調査しながら、自社の特性にあった標準フレームワークを構築すべきと主張する。
では、その標準フレームワークを構築するうえでは、どういった点を考慮すべきなのか。以下、千貫氏の話を基にそのポイントを簡単に紹介しよう。なお、詳細は、『ジャーナルITサミット - 2010 仮想化セミナー』の千貫氏の講演「仮想化技術を活用したアプリケーションの構造改革 - アプリケーション開発保守コスト削減を目指して」で解説される予定である。無料で参加できるので、併せてご聴講いただきたい。
サーバ統合だけでは投資分を回収できない
「現在、大手企業の情報システム部門は"運用"が主なタスクとなっている。そのため、ハードウェアに詳しい方は多いが、ソフトウェア、とりわけアプリケーションについては関心が薄い傾向にある。しかし、アプリケーションの構成によって運用のコストや手間は大きく変わってくる。本来はハードウェアとソフトウェアを総合的に捉えて面倒をみていかなければならない」
千貫氏はこのように語り、システム運用の現場に警鐘を鳴らす。
最近では仮想化技術が注目を浴びており、導入済みの企業も珍しい存在ではなくなった。しかし、その目的に目を向けると、サーバの統合だけで満足している企業がほとんど。そこには、ハードウェアを中心に面倒を見るという日本の情報システム部門独特の事情があり、彼らにとってわかりやすい指標が保守の簡略化といった点にあるということだろうが、仮想化基盤の導入にはそれなりのコストを要するため、サーバ統合だけでは投資分を回収するのは難しい。
「サーバを統合して保守が簡単になったとしても人件費にはあまり影響がないので、全体の運用コストが劇的に下がるということは考えにくい。もちろん、電力消費量やラックスペースの削減による効果はあるだろうが、それだけでは投資額を回収するまでにかなりの時間がかかる。せっかく投資をするのだから、将来的に大きなリターンが期待できる状況、すなわちビジネスを後押しできるようなシステム環境を作るべきだろう」
そういった背景から千貫氏が提案しているのが、先に挙げた標準フレームワーク作りである。これを活用することで仮想化のメリットがさらに大きくなるという。
効率化だけでなく、強制力を与えるという効果も
標準フレームワークとは、端的に言えば、どのシステムにも必要になる機能をまとめたミドルウェア群になる。
現在、多くの企業は、新たなアプリケーションやシステムが必要になるたびに一から作っているような状況だが、当然ながらそこには無駄がたくさんある。仮想化基盤を導入済みで物理サーバの購入が必要ないような企業でも、すべての機能を用意するとなると開発コストは嵩み、稼動までに相当な時間がかかることになる。そのような無駄を省くという意味で標準フレームワークのようなアーキテクチャが効果的であるのは、皆さんもご存知だろう。
ただし、千貫氏が標準フレームワークを強く押す裏には、別のねらいもあるようだ。
「最近のシステムは、多階層化されており、いろんなコンポーネントを組み合わせて構築する。そこには、『開発の分業が可能になる』、『柔軟性が高まる』などのメリットがあるが、一方で大規模プロジェクト等では、全体をまとめるのが難しく、開発が進めづらくなるといった問題もある。そこで、システムに"横串"を通すようなフレームワークを用意することで、開発を円滑に進めようというのがもう1つの大きなねらい。ドラブル時のログ出力機能や、パフォーマンス測定機能などは、どのアプリケーションにも必要になるもの。そういったものを標準フレームワークにまとめておくことで開発が効率的に進められる」
さらに千貫氏は、標準フレームワークを用意することで次のような効果も生まれると続ける。
「標準フレームワークを用意することでアプリケーションのデザインパターンを固定することができる。すなわち、まったく知らない人間にサブシステムの開発を頼むことになったとしても、社内標準を強制的に適用させることが可能になるわけだ。ルールを作ったり、仕様書を残したりしても、すべての開発メンバーに遵守させるのは難しいが、標準的なフレームワークがあれば自然とそれに従うことになる」
標準フレームワークはこうした重要な役割を果たすものだけに、市販のミドルウェアで代替したり、外部SIerに開発を任せきりにしたりというのは賢い選択とは言えない。ユーザー企業が自ら開発すべきというのが千貫氏の主張になる。
「ユーザー企業内で技術力の高い専門チームを作り、そのチームで標準フレームワークを開発するべき。また、標準フレームワークの構築にはOSSの活用を前提とし、その選定から専門チームが担当することで技術力はさらに高まる。こうした運用体制は、新しい技術が登場したときにも大きな効果を発揮する。新技術が登場すると各プロジェクトの担当者が勝手に導入してしまうケースが少なからずあるが、これは危険な状況と言える。専門チームで技術を分析し、必要であれば標準フレームワークに取り込む、といった運用体制を敷くことでリスクの低減につながる」
こうした環境を準備したうえで仮想化基盤を導入すれば、新サービスの立ち上げは格段に速くなる。運用の手間も仮想化基盤を導入しただけの環境に比べて、大幅に削減されるはずだ。
なお、本稿ではスペースの都合上、千貫氏の考え方の大枠しか説明できなかったが、インタビューでは、標準フレームワークから分離させたルールエンジンをライトウェイトな言語で記述できるようにしておくことで、変化に対して柔軟なアプリケーションを効率的に開発可能、といった具体的な設計ノウハウも多数披露された。
12月8日に開催される『ジャーナルITサミット - 2010 仮想化セミナー』では、標準フレームワークの設計のポイントや、仮想化技術と組み合わせることで生まれるメリットなど、仮想化を早期から活用してきた千貫氏ならではのノウハウが解説される予定だ。仮想化環境の導入を検討されている方はぜひ参考にしてほしい。
千貫素成(CNINUKI Motonari) - Cスタジオ 代表取締役社長
1988年、旧三和銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。1年間営業を経験した後、勘定系ホストの災害対策システム担当に就く。1991年、金融機関初のUNIXベース分散OLTPシステムを開発。その後、ハイパフォーマンス分野、インターネット分野、OA分野を担当し、2001年、IT子会社にて電子商取引基盤やJEE共通基盤などの開発に携わる。2010年、独立して株式会社Cスタジオを立ち上げ、コンサルタントに転身。現在は、ITの生産性向上とITを活用したワークスタイル変革をテーマに幅広い活動を行っている。
三菱東京UFJ銀行時代には、社内向けSaaS/PaaS/IaaSや仮想デスクトップを早期に導入するなど、先進的な技術を積極的に活用し、現場の生産性向上を実現してきた人物として知られる。