ATR 脳情報解析研究所 所長の佐藤雅昭氏 |
情報通信研究機構(以下、NICT) バイオICTグループ グループリーダーの今水寛氏と国際電気通信基礎技術研究所(以下、ATR) 脳情報解析研究所 所長の佐藤雅昭氏らは10月20日、計測した脳活動データを基に指先の動きをPC上で正確に再現する技術の開発に成功したと発表した。頭の中で思い描くだけで各種の操作が行える「ブレイン-マシン・インタフェース(BMI)」の実現に向けた大きな一歩になる。
今回発表された技術の特徴は、脳に直接電極を埋め込むなどの外科的措置を伴わない「非侵襲」型の計測法を用いているにもかかわらず、被験者に特殊な訓練を強いることなく、指先の細かい運動を時間的な変化も含めて再現できた点。これまでの非侵襲型計測技術では、特定の運動に関する脳活動データだけを抽出するということは難しく、「腕や足を上げる」程度の行為であれば再現することができたが、指の動きのように細かな運動を再現するといったことは実現されていなかった。
こうした課題を解決すべく、今回の研究では、「階層変分ベイズ法」という手法による高精度な脳活動推定と、「スパース推定」という技術による効率的な特徴抽出、という2つの要素技術が開発された。
NICT バイオICTグループ グループリーダーの今水寛氏 |
これらのうち階層変分ベイズ法は、複数の計測技術を組み合わせ、空間解像度(脳の中の活動場所を特定する精度)と時間解像度(脳内のある部位の活動時間を特定する精度)の双方で高解像のデータを得る技術。通常、非侵襲型の脳活動計測では、fMRI(機能的核磁気共鳴像)とMEG(脳磁図)のいずれかが使用されているが、fMRIには空間解像度が高い(ミリメートル単位)ものの、時間解像度が低い(秒単位)といった問題があり、MEGには時間解像度が高い(ミリ秒単位)ものの、空間解像度が低い(センチメートル単位)といった問題があった。これらの問題に対応するため、階層変分ベイズ法ではfMRIとMEGを組み合わせて脳波を計測している。
具体的には、最初にfMRIにより計測を繰り返し行い、眼球の動きや心拍により発生した磁気的撹乱を除去。指先の動きに反応する脳部位を細かく推定したうえで、その情報を用いてMEGによる計測を行う。MEGは脳内の神経細胞が活動することで生じる微細な磁場の変化を300以上の磁気センサーで検出する装置だが、同じ部位から発生する磁気を複数のセンサーで検知してしまうといった特性があり、その磁気データから脳の活動場所を特定(脳表面上の電流信号に変換)しようとするとどうしても空間解像度が低くなってしまう。しかし、今回の研究では、この特定作業(磁気データから電流信号に変換する計算処理)の際に、fMRIの結果を補助的に活用することでMEGにおいて数ミリメートルの精度での計測を実現している。前述のとおり、MEGはミリ秒単位の計測が可能な装置であるため、結果として、時間解像度、空間解像度がともに高解像のデータ取得が可能になる。
一方のスパース推定は、階層変分ベイズ法を用いて計測した、詳細かつノイズが少ない脳内の電流データから、対象としている運動(実験では指先の動き)に関係するものを特定する技術になる。fMRIおよびMEGによる計測では、脳全体に散らばる1500点のデータが集められる。従来は、それらの計測点に重みづけをしたうえで計算処理を行うことで実際に行った運動を推定していたが、スパース推定では、その重みづけに加えて、特徴的な電流のみを自動的に選択し、不要なものを捨てるといった処理を行っており、これにより効率的かつ高精度の推定が可能になったという。
以上の技術を用いた結果、NICTとATRでは、平均0.4秒の2次元的な指の動きに対して、0.02秒刻みの滑らかな再現映像を作成することに成功。誤差もわずか7%(指先移動距離が平均20cmのテストで誤差は平均14.3mm)という非常に高精度な再現を実現している。
なお、実験では、成人男性5人を被験者として用い、200回程度の計測を実施。うち170回が推定データ収集用で、30回が技術の精度を確認するためのテストとして行われた。