いま最もIT業界で熱い分野のひとつが家庭のリビング向けのホームコンピュータシステムだ。PC時代にはMicrosoftやIntelなど多くのベンダが挑んでは失敗し今日に至るが、新たなチャレンジャーは異なる発想と新技術で次々と参入を狙っている。そんななか、今回新たに手を挙げたのはネットワーク業界の巨人Ciscoだ。同社は家庭向けの高品質なビデオ通信システムをリビングルームのTVへと持ち込み、ユーザーへの浸透を図っている。

エンタープライズの次はコンシューマ、TelePresence Umiで攻略

米Cisco Systemsは10月6日(現地時間)、米カリフォルニア州サンフランシスコ市内で記者会見を開催し、同社ビデオ会議システムのTelePresenceシリーズの家庭向けバージョンとなる「Cisco Umi TelePresence」を発表した。市内の空きビルを利用して設置された特設会場ではリビングルームを再現するさまざまな仕掛けが用意され、「Umi」(「ユーミー」と読む)の機能の数々についてデモストレーションが行われている。

Cisco Umi TelePresence

米Cisco Systemsエマージングテクノロジー部門SVPのMartin De Beer氏

米Cisco Systemsエマージングテクノロジー部門SVPのMartin De Beer氏は同社のデバイス戦略について、人と人とを結ぶネットワーク、つまりコミュニケーションを変革するような仕掛けを提供することに主眼を置いていると説明する。その中で昨今の動画利用の増加について触れ、さまざまなデバイスに動画コンテンツが広がっていく一方、よりパーソナルで個人の感性に訴えかけるような仕組みが必要になると述べ、その先鞭として登場したのが「Umi」となる。

同社はすでにビジネス向けには「TelePresence」を製品として提供しており、SMBなどミッドレンジ以下クラスとしては2009年10月に買収を発表したTandbergの製品が存在する。ビデオ会議を補完するソリューションとしてはWebExがあるが、TelePresenceやTandbergはより臨場感のあるビデオ会議システムという位置づけで、既存の会議システムとは一線を画すポジションを狙っている。

Ciscoがあらゆるユーザーのビデオによるコミュニケーションを攻略対象とするなら、今回提供されるUmiはそのミッシングピースである「コンシューマ」市場をターゲットにしている。UmiとWebカメラを主体とした従来のビデオ会議システムとの最大の違いは品質にあり、TelePresenceシリーズの名を引き継ぐだけあり、1080pによる高品質なHD動画による対人チャットが可能だ。

エンタープライズ向けにはCiscoがリリースした初代TelePresenceが、SMB向けには同社が買収したTandbergの製品が、そして今回リリースされるのがコンシューマ向けTelePresenceだ

コンシューマ向けTelePresenceで想定しているのはリビングルームでの家族や友人同士のコミュニケーション、そしてヘルスケアや教育分野での活用

製品ブランド名は「Umi (ユーミー)」 - 「You and I」という対人コミュニケーションをモチーフにした造語だという

ターゲットとする市場は?

いわゆる「TV電話」と呼ばれる仕組みははるか昔から存在するが、特にコンシューマ市場ではほとんど成功と呼べる事例が存在しない。理由はいくつか考えられるが、まず回線事情の問題で品質が確保できないこと、そしてセットアップの煩雑さ、最後にターゲットとする用途が不明確という点などが挙げられる。だが回線事情は日に日に改善しつつあり、日本では光ファイバの普及が進んだこともあり、こうしたHD動画のストリームを流すことも普通に行われるようになった。

米国でも事情は同様で、現在はADSLとCATV中心で1 - 4Mbps程度の速度がせいいっぱいというケースが多いが、現オバマ政権がブロードバンドの最低要件を4Mbps以上に引き上げる政策を打ち出して国を挙げたテコ入れを行っており、やがてはより高速なネットワークが全米規模で拡大していくことになるだろう。Umiにおける1080pでのHDビデオチャットに必要な帯域は3Mbpsで、回線事情の改善でこうしたハードルは順次クリアされることになる。なお、1.5Mbpsの場合は720pのクォリティになるという。

残りのセットアップの煩雑さとターゲットとする用途の問題は相関関係にあると考えられる。たとえば、高齢者らが離れた場所に住む子供や孫の顔を見たいという用途があるだろう。だがこうした家庭がブロードバンドを敷設している可能性は低いし、セットアップも自力では難しいと考えられる。また米国特有の事情として、家族や友人同士が進学や就職、転職などであっという間に飛行機で片道何時間もかかるような場所へと四散してしまうことも珍しくない。ビデオチャットシステムを導入する素養はすでにあるが、「対向で同じ製品や技術を導入しなければならない」「セットアップが煩雑」といった問題がある。Umiではセットアップを簡略化し、ブロードバンド環境さえあればすぐにでも利用可能な点をアピールポイントにしている。またセットアップが難しいと感じる人のために、出張でのセットアップサービスも提供されるという。

国土の広い米国では、仕事や大学のために飛行機で片道6~7時間はかかるような何千マイルも離れた距離に家族や友人がばらばらになってしまうこともざらだ。そうした距離感を縮めることが製品の目的となる

プロダクトデザインで気を付けたのは、設置する家庭のリビングルームは1つとして同じものは存在せず、より汎用的で簡単にセットアップできるものを目指したという

セットアップ方法は簡単。カメラと本体をTVにセットし、互いをケーブルでつないでブロードバンド回線を用意するだけだ。高齢所帯やテクノロジーが苦手な人向けに、出張でのセットアップサービスも提供される

さらに相互接続性も重視しており、今回のケースではGoogle Video Chatユーザーとの相互接続が可能になっている。動画品質は先方の回線事情にもよるが、こうしたサードパーティ製品との連携をセールスポイントにしている。またUmi自体は標準プロトコルをサポートしており、プロトコルさえサポートしていればGoogle Video Chat以外のシステムとの接続も可能だ。プロプライエタリな独自方式でサービスを展開している事業者とも、将来的に相互接続を可能にしていく意向だという。

またリアルタイムでのビデオチャットだけでなく、相手が留守の場合にビデオメッセージを録画して、それを相手が好きなタイミングで再生することも可能だ。この場合、再生デバイスはUmiと接続されたTVだけでなく、PCやスマートフォンなどからメールボックスへとアクセスして、好きなデバイスでビデオメッセージを再生できる。将来的には友人や家族同士のビデオチャットだけでなく、医療分野や教育への応用など、在宅医療や在宅学習などでの活用を検討しているようだ。

Umiではリアルタイムでのコミュニケーションだけでなく、留守時にビデオメッセージとして録画を残しておき、後でUmiや他のデバイスへと画像を転送してメールボックスの内容を再生できる

相互接続性もアピールポイント。現在はGoogle Video Chatの対応のみだが、Umi自体は標準のVoIPプロトコルをサポートしており、各種ビデオチャットアプリケーションとの接続が可能。またそれ以外のプロプライエタリな方式のビデオチャットサービスでも、順次相互接続をサポートしていく意向だという

価格は600ドル+月額25ドルとやや高価、だが製品のクオリティは高い

Umiは非常に面白い製品だ。まずLinksysやScientific-Atlanta買収を経たCiscoが、本格的にコンシューマ市場攻略を狙っている点だ。エンタープライズ市場やキャリア市場で事実上独占状態にあるCiscoが、その勢力をコンシューマ市場にまで拡大しようとしている段階だといえる。また通信品質が非常に高く、高価だが高品質というセールスポイントで売り出した初代TelePresenceの特徴をそのまま引き継ぎ、同クラスの製品としてはおそらく最も高い通信品質を実現している。実施されたデモを見る限り、通信相手が持つ雑誌をカメラのズームインで拡大表示させることで、そこにある文字を判別できたほどだ。またメニューやセットアップが非常にシンプル化されており、初心者でも少しの練習ですぐに使えるようになるとみられる。これはPCベースの通信アプリケーションでは難しいことだ。

提供されるのはUmi本体のコントロールボックスとTV上部に取り付けるカメラキット、そしてリモコンだ。このほかHDMIケーブルなど必要最低限の装備が同梱される

Umi本体とリモコン。サイズはけっこう大きく、リモコン含めて日本市場への投入にはもう一段階工夫が必要かもしれない

Umiのカメラ部分。写真だとわかりづらいが、カメラ開口部がシールドでマスクされており、利用者がカメラを意識して圧迫感を受けないよう配慮されている

カメラの背面部。本体とはHDMIケーブルで接続するだけのシンプルな構造だ。TVとの接続も背面の板で挟み込むような形態になっており、設置が簡単だという

実際のチャット画面。最大1080pのHDモードで接続され、あとは回線事情によって720pなどに段階的に落ちてゆき、最終的には音声のみで回線を維持しようとする。携帯電話相手や回線事情が悪い場所との通信も想定しているようだ。ただHDモードのときの画質は秀逸で、写真のようにカメラをズームインすると本に書いてある文字も簡単に読むことができる鮮明さとなる

だが難点としては本体価格が599ドルと非常に高価なことで、これに加えてサービス利用費で毎月24.99ドルが徴収される。これはアカウントとメールボックス利用費を含んでいる。ただし月額費用はブロードバンド回線料とは別扱いであり、このぶんの料金が上乗せされる。いくら動画品質が高いとはいえ、より安価にビデオチャットシステムを構築する方法はほかにも存在するため、このあたりは非常に厳しい。Ciscoでは、将来的な半導体プロセスの改善で価格や本体サイズを押さえ込んでいけると説明しており、Umiが第1世代だけでなく、今後数年をかけて世代交代の中で市場を攻略していこうとしている様子がわかる。また米国市場以外の提供計画は未定で、日本での提供も未定となっている。

初代TelePresenceの市場の立ち上がりは比較的ゆっくりとしたものだったが、Ciscoが買収したTandbergがカバーしていたSMB向けのビデオ会議システムの市場は急成長を続けており、今後さらに競争は激化してくるものと考えられる。エンタープライズ市場では比較的順調な成長を続けるCiscoだが、高級路線とシンプルさを武器に「Umi」で乗り込んだコンシューマ市場の攻略はうまくいくのだろうか? 今年末にはMicrosoftからビデオ会議機能を搭載した「Kinect for Xbox 360」が発売され、今後はPCだけでなく、ゲーム機などの異分野との戦いにも巻き込まれることになるだろう。

価格は599ドルで月間24.99ドルのサービス費用がかかる。これはブロードバンド料金とは別だ。発表同日より注文受付を開始し、11月14日のホリデーシーズン開始直前に全米での販売を開始する

来年2011年初頭には、さらに地域通信事業者のVerizonとの提携で同社サービスと連携した製品のバンドル販売なども行われる予定。この詳細は1月初旬に米ネバダ州ラスベガスで開催されるInternational CES 2011で公開されるという

Umiのメイン画面。TV画面の右上部分に出現し、任意に消したりできる。非常にシンプルなメニュー構造だ

Umiの販売パッケージ。外見だけ見ると家電量販店に山積みになっているゲーム機のようだ