富士通および富士通研究所は10月4日、ミリ波W帯の無線通信において、世界最高クラスとなる1.3Wの出力を達成可能なGaN-HEMTを用いた送信用増幅器を開発したことを発表した。
インターネットの通信量の増大などに対応するため、光ファイバの基幹回線の整備が進められているが、厳しい地形や立地のため光ファイバを敷設困難な地域がある。そうした地域では、数Gbpsの伝送容量を持つ無線通信を活用することが検討されており、周波数帯域の確保が容易なミリ波W帯の利用が有効とされてきた。しかし、ミリ波W帯は大気や降雨による信号の減衰が大きく、信号を数kmから数10kmにおよび距離で安定して伝送するためには、送信用増幅器のさらなる高出力化が求められていた。
2社は、これまでGaN-HEMTを用いた送信用増幅器において出力電力350mWを達成していた。トランジスタをミリ波帯という高い周波数で動作させるには、ゲート電極の長さ(ゲート長)を微細化することが重要な一方、高出力電力を得るためには、高電圧を印加してトランジスタを動作させることが有効だが、GaN-HEMTのゲート長を微細化し、高い電圧で動作させると、電子の速度が増加して、一部の電子が本来の電流経路(電子走行層)を飛び出し保護膜にまで達し、そこに溜まってしまう結果、高周波動作に寄与する電子の数すなわち高周波電流が減少してしまい、出力電力を増加させることが困難という課題があった。
また、送信用増幅器では、電力分配部にて複数の並列トランジスタに入力信号を分配し、各々のトランジスタで増幅した後、電力合成部で足し合わせることによって高い出力を実現しているが、70GHzを超える高周波では、高周波の複雑な信号分布の影響によって電力分配部や電力合成部で信号が減衰し、期待する出力が得られないため、ミリ波帯用の電力分配・合成モデルを構築して、複雑な信号分布を考慮しつつ、期待する出力が得られるように設計する必要もあった。
今回、これらの課題を解決するために2社は、「GaN-HEMT保護膜の最適化」および「磁界解析による電力分配・合成モデルの構築」を実施。GaN-HEMT保護膜の最適化では、電子走行層を逸脱した電子が保護膜に留まる原因を調査。その結果、保護膜として用いた窒化珪素(Si3N4)内部に結晶性の不完全(欠陥)部分が存在するためであることを、分析により突きとめた。そこで、Si3N4の組成や結晶構造を工夫し、結晶不完全性が少なく電子が留まりにくい性質を備えた保護膜を形成。その結果、高周波電流を従来の2倍以上に増加させることに成功した。
一方の電磁界解析では、電力分配・合成部の物理形状に基づいて、高周波信号の複雑な信号分布を電磁界解析することで、電力分配・合成部での信号減衰を高精度で回路設計に取り込むことに成功。結果、設計精度を約15%高めることができたという。
これらの技術を用い、ミリ波W帯の無線通信装置向けに送信用増幅器を開発した結果、開発された送信用増幅器は最大出力電力1.3Wと、GaN-HEMTを同周波数帯で用いた送信用増幅器(1チップの集積回路)として世界最高クラスの出力を実現した。
さらに、従来のGaAsを用いた場合に比べ送信出力が約16倍増となったほか、2社が2009年開発したGaN-HEMT受信用増幅器とともに使用すれば、従来のGaAsを用いて送受信機を構成した場合に比べて通信距離を約6倍に伸ばすことができるようになるとのことで、これにより、ミリ波帯無線通信装置の適用範囲を拡大できるとともに、降雨による信号の減衰があっても十分な出力の信号が得られるようになり通信品質も確保できるようになるという。
なお、2社では今回開発したGaN-HEMT送信用増幅器のさらなる性能向上と周波数帯域の拡大を行うことで、ミリ波を利用した基幹回線や、高速無線アクセスなどに広く適用していく予定としている。