日本アイ・ビー・エム(以下、日本IBM)は9月30日、同社のアクセシビリティの研究活動に関するプレスセミナーを開催した。今回のスピーカーは、東京基礎研究所 アクセシビリティ・リサーチ担当 IBMフェローの浅川智恵子氏だ。 日本IBM社員としてフェローに就任したのは、同氏が3人目という貴重な存在である。

日本アイ・ビー・エム 東京基礎研究所 アクセシビリティ・リサーチ担当 IBMフェロー 浅川智恵子氏

今回は、東京基礎研究所でアクセシビリティ・リサーチの研究チームを率いている同氏より、同社のアクセシビリティの研究活動の今と昔について説明が行われた。

同氏は初めに、ICTにおけるアクセシビリティとは「高齢者と障がい者など、心身の機能に制約のある人でも年齢的・身体的条件にかかわらず、情報やサービスに提供できること」とであり、高齢者や障がい者の社会参加を実現するものだと述べた。

IBM全体のアクセシビリティの研究の歴史は1960年代に開発された「音声タイプライター」から始まっている。1984年には音声出力付きの大型計算機端末が開発されたが、同氏はその頃同社に入社して同製品を使い、その利便性に感動したという。

日本IBMに話を移すと、東京基礎研究所におけるアクセシビリティの研究はデジタル点字システムへの取り組みから始まり、その後、「インターネットプロジェクト」、「Webアクセシビリティ・ツール」、「マルチメディア&ODF」、「ソーシャルコンピューティング」といった具合に、テーマが変遷している。

同氏は大きな研究の1つとして、デジタル点字システムの開発を紹介した。1980年代まで点字による文書は手作業によって作成されていたが、点字が印字された文書は膨大であり、その管理も簡単ではなかった。そこで、同社は専用のネットワークを構築し、点字データの共有を実現した。「ネットワークが構築されたことで、1日で点字のデータを共有できるようになった」と同氏。同社が構築したネットワークは現在、インターネット経由で利用できるようになっている。

次に、同氏が開発した視覚障がい者向けWebページ読み上げソフト「IBM Home Page Reader」が紹介された。1997年に日本で製品化された同製品は今では11ヵ国語に対応している。同製品が世の中に与えたインパクトは大きく、以降、標準や支援技術に貢献した。

セミナーでは、視覚障がい者が音声を介してWebページからどの程度の量の情報を入手できるかを示すデモンストレーションが行われた。上級の視覚障がい者は2倍の音声速度でも内容を理解できるとのことだが、セミナーの参加者の中にはその速さで読み上げた内容を把握できた人はおらず、その音声認知能力に感嘆した。

晴眼者と視覚障がい者が得られる情報の格差

インターネットが発達した今、あらゆる人やモノがつながろうとしている。そうした環境を活用して、同氏らはソーシャルネットワークを用いた研究を進めている。その例として、視覚障がい者がソーシャルネットワークを通じてボランティアと共にWebのアクセシビリティを解決するシステムが紹介された。

そのシステムでは、まず視覚障がい者がアクセスできないWebページを発見したら、ソーシャルネットワークに発見する。その報告を見つけたボランティアが修正を行い、その内容を発見者および全体に報告する。なお、修正はWebページ全体には影響を与えない。

ソーシャルネットワークを活用したWebページのアクセシビリティを修正する仕組み

鳥取県は今年8月、このシステムを活用して県庁のWebサイトのアクセシビリティを向上するという発表を行っている。

そのほか、インドの大学、東京大学と共に行っているモバイルにおけるアクセシビリティの共同研究も紹介された。インドでは非識字者、日本では高齢者を対象とした研究を行っている。インドでは、文字の読めない農民を対象に、電話を活用した掲示板による情報提供サービスのパイロットが行われているという。

セミナーでは、同氏がIBM Home Page Readerと専用のデバイスを用いて自在に検索を行って見せたが、その様子から音声によって情報を得られることの便利さを実感した。ただし、Webページのリンク画像に代替テキストが設定されていないと読み上げられないため、視覚障がい者の人たちはその情報をられない。

Webを用いて情報を発信する立場として、自分たちのサイトのアクセシビリティがきちんとなされているか気になってしまった。

PCに加えて、今後、スマートフォンや電子書籍端末など、障がい者や高齢者が利用するデバイスは増えていき、ますますアクセシビリティの重要性は高まっていくだろう。今後の同社の取り組みにますます期待したい。