デル 代表取締役社長のジム・メリット氏はDell Inc.の北アジア地域担当社長も兼任する。また、アジア太平洋地域のエンタープライズビジネスを統括する立場にもあるため、世界を飛び回る日々を送っている。この日も中国から戻ってきたばかりだったという |
デル日本法人の代表取締役社長にジム・メリット氏が就任したのが2006年のこと。以来、同社は競合他社と同様に、世界情勢やIT業界のはげしい変化にさらされ続けてきた。なかなか回復の兆しを見せない日本経済にあわせるがごとく、業績低迷から抜けられない時期もあったが、ここにきてデルのビジネスは順調に運んでいる気配を見せている。米国本社の2010会計年度の数字が悪くなかったことも原因のひとつだろうが、メリット社長が4年を費やした努力が、ようやく形になりつつある、と見る向きもある。
9月29日、メリット社長みずからが報道陣に対して同社の現状を説明してくれる機会があったので、これをもとに、同社が浮上を始めた原因を分析してみたい。
顧客のニーズにあわせて組織を変える
デルは日本でビジネスを17年間に渡り展開してきた。現在は川崎、宮崎、大阪、東京の4拠点にオフィスを構え、従業員は1,600名を超える。4年前、メリット氏が社長就任後に真っ先にやったことは「宮崎カスタマーセンターでの法人向けサポート拡大」であった。それまで中国・大連に置かれていたテクニカルサポートセンターを宮崎に移し、スタッフを増員して、日本語ネイティブによるきめ細やかな顧客対応を心がけた。
「DellのDNAは"顧客指向"に尽きる」と断言するメリット氏。以降、ビジネスや組織の変革を検討する際は、それが「顧客の観点に沿ったものか」が重要な判断指標になったという。2007年に開始した日本における小売販売、2008年に開設した東日本支社(東京・三田)とそこに設置したソリューションイノベーションセンター、そして2009年の4事業部体制への組織改編、これらはいずれも「顧客が望む変化の実現だった」(メリット氏)としている。
とくに2009年の組織改編は、少なからず業界を驚かせた。「大規模企業(LE)」「中小規模企業(SMB)」「公共(パブリック)」「コンシューマー」という区分けは、「サーバ事業」「ソフトウェア事業」などというディビジョニングが普通の競合他社と比べると、やはり変わって見える。これについてメリット氏は「(奇をてらったわけではなく)顧客主体の考え方を突き詰めたら、このような事業部体制にするのが自然だと判断した。ソフトウェア、サーバ、ストレージ、PC…などのように事業を分けるのは、自分たちが扱いやすいからそうするのであって、決して顧客のためを考えてのものではない。ここがデルが競合に比べて優位に立っている点でもある」と自信を隠さない。
外資系トップが口を揃えて言うセリフのひとつに「日本の顧客の品質に対する要求レベルの高さは例がない」というものがあるが、これにはサポートサービスなど目に見えにくいものも含まれる。おそらくメリット氏も日本でのビジネスを通して同じように感じていたのだろう。基準に達するのはたしかに難しいが、そのハードルを乗り越えることは日本でビジネスを展開する上での必須条件だ。そこでメリット氏が顧客指向とともに打ち出したもうひとつの変革のためのキーワードが"ソリューションプロバイダ"だった。
ソリューションプロバイダへの転換
いまさらながらだが、IT業界の競争はきびしい。フォーチュン40企業にランク付けされるDellだが、技術や業界の動向に迅速に対応できなければ同社ですら生き残っていくことはむずかしい。顧客に対しては時代の要請にあわせた"付加価値"を提供していかなくてはならない。
現在、デルの顧客の80%は法人ユーザが占める。そして現在はクラウドコンピューティングに代表されるとおり、"バーチャル時代"に突入したと言っていい。「IT業界はいま、ちょうど変化の潮目にいる」とメリット氏が言うまでもなく、業界関係者のほとんどがこのことを強く認識していることだろう。そんな時代にデルが顧客に提供できる付加価値とは何か、それは顧客それぞれのニーズに適したソリューションをミックスして届けることではないか、という結論に至ったという。
ハードウェアベンダのイメージが強いデルが、ソリューションベンダとして生まれ変わるには相当の労力が必要なのは自明だ。前述した組織改編の理由はここにある。エンタープライズならエンタープライズが求めるソリューション一式(たとえばサーバ+ストレージ+サービス)を、SMBならSMBでも手が届くソリューション(たとえばサーバ+ネットワーク周辺機器+サービス)を、といった具合だ。1社(1人)の顧客に必要なソリューションを1つの部署が届けるというこのビジネスモデル、業績が回復基調に向かっているところを見ると、現在のところごく順調に運んでいるもようだ。
各事業部の現状は以下のようになる。
大規模企業ビジネス(LE)
従業員500人以上の大企業がここに含まれる。"Efficient Enterprise"戦略を掲げる大規模企業ビジネスは、メリット氏がアジア太平洋地域の統括を兼ねていることもあり、2010年はより勢いづいている感じだ。同社によれば「サーバ+ストレージ+サービス」のソリューションミックスの売上が拡大を続けており、2010年度にはエンタープライズビジネスの売上の55%まで増える見込みだ。とくにストレージの伸び率が大きく、2010年第2四半期時点でiSCSIストレージ史上の43%を獲得しているという(IDCジャパン調査)。これは2008年にイコールロジック社を買収した効果が大きいと見られている。
製品についても「バーチャル時代に最適なソリューションを提供できている」(メリット氏)としており、その中心がサーバのPowerEdge Cシリーズだろう。これを軸に、サーバ/ストレージの仮想化やコンサルティングサービスの提供、さらには現場ワークフォースの業務効率を高める法人向けノートPC製品(Latittude Eシリーズ)などを展開する。
今後はさらにソリューション提供能力を向上させるため、サービス担当スタッフの10%増員、第4四半期までに20%増員を目指し、120名を超えるサービス担当者を抱える予定だ。技術サポート担当も60名増員の予定だという。
公共ビジネス(パブリック)
官公庁、および教育/医療機関が主な顧客となる。この市場はIT化が他に比べて遅れているという面もあるが、それだけに「今までデルが開拓できていなかったという認識が強い。非常に多くのビジネスチャンスが埋もれていると感じている」(メリット氏)という。
官公庁向けにはHPC(High Performance Computing)のフォーカスを継続していくという。また、ヘルスケア業界に関しては米Dellがトップを占めていることもあり、日本市場でも医療機関に積極的にアプローチしていく予定だ。メリット氏は「日本市場では、この分野では富士通、NECに次ぐ3位の座にあり、売上よりもむしろ利益で高い伸びを示している。トップを窺うことも十分可能だ」と語る。
教育分野もまた、昨今デルが力を入れている業界である。とくに高等教育機関向けの、コストを最小限に抑え、IT管理を簡素化したソリューションの提供に力を入れていく予定だ。
中堅・中小企業ビジネス(SMB)
ある意味、ここ最近のデルが最も投資しているビジネスがSMBかもしれない。製品ソリューションのラインナップも充実しているが、カスタマーサービスもすべて日本国内にカスタマーセンター(東京、宮崎)で行われている。
だがもっとも特筆すべきはマーケティングへの投資だろう。「中小企業や個人事業主でも"デルとは取引しやすい"というイメージをもってもらうべく、マーケティングにはかなり注力している」(メリット氏)というが、駅のホームなどでデルのSMB向けのポスターを目にした人も多いだろう。現在は統合マーケティングキャンペーンの第2フェーズに入っており、テーマは「信じる道をいこう」となっている。起業家の"ヒーロー"として株式会社 白組が登場するポスターを、今度は多く見かけることになりそうだ。
「SMBについてはつねにシェア1位から2位の間に位置していると思う。今後は投資を倍以上に拡大し、仮想化とデータ管理にも注力していきたい」(メリット氏)
コンシューマビジネス
このビジネスにおいてメリット氏が心がけたことは"シェアではなく、収益優先"という原則だった。結果、ゲーミングPC(Aleinware)や中高価格帯(コアi5、i7、クアッドコアモデル)での売上が拡大したという。現在はヤマダ電機との提携、直販ビジネスモデルのバックボーン強化、ソーシャルメディア(Twitter)の活用などに力を入れている。
現在、デルは各事業部ごとに独立採算制をとっており、いずれの事業部も業績回復への強い意識の下、ビジネスを展開してきた。顧客指向とイメージの転換という簡単ではない戦略を取ってきた同社、「信じる道をいこう」はまさしくデルが自分自身に向けたメッセージなのかもしれない。