日本の小惑星探査機「はやぶさ」について、説明はもはや不要だろう。相次ぐトラブルを乗り越えて6月13日に帰還した「はやぶさ」には、日本中が熱狂。分離して地上に帰ってきたカプセルの一般公開には、最大4時間待ちという長い行列が出現したほどだ。私は世代的にアポロ11号の月着陸はリアルタイムで見ていないのだが、それに匹敵するような"お祭り騒ぎ"なのではないだろうか。

メディアもブームを後押しした。当初、テレビの動きは鈍かったが(再突入を生中継したテレビ局は1社もなかった)、カプセル帰還後は報道以外にも様々な番組で取り上げられ、ワイドショーで特集まで組まれているのを見たときには驚いた。日本人宇宙飛行士による有人フライト以外で、これほどまでに盛り上がったのは初めてではないだろうか。これにより、宇宙ファンくらいしか知らなかった「はやぶさ」は、世間から一挙に注目されることになった。

「はやぶさ」がウケたのは、次から次へと起きる困難を、エンジニアの努力と根性で解決していくというストーリーが日本人の琴線に触れるからだろう。どれだけのトラブルがあったか、以下にざっとまとめるが、これだけの問題を抱えながら無事地球に戻れたというのは、まさに奇跡としか言いようがない。

2003年5月 M-Vロケット5号機で内之浦より打ち上げ
2003年5月 イオンエンジン点火、スラスタAは不安定で使用停止
2005年7月 リアクションホイールの1つ(X軸)が故障
2005年10月 リアクションホイールの1つ(Y軸)が故障
2005年12月 小惑星イトカワへの着陸後に燃料漏れが発生、通信が途絶
2005年12月 2007年6月の地球帰還を断念、帰還は3年延期に
2006年1月 通信が復活、しかし化学エンジンとバッテリは使用不能に
2007年4月 イオンエンジン(スラスタB)の中和電圧が上昇、停止
2009年11月 イオンエンジン(スラスタD)の中和電圧が上昇、停止
2010年6月 地球に帰還、本体は大気中で燃え尽きる

帰還に前後して、「はやぶさ」を取り上げた書籍も数多く出版されるようになった。本書「小惑星探査機 はやぶさの大冒険」もその1つ。「はやぶさ」の打ち上げから帰還までを、プロジェクトの当初から取材を続けていたノンフィクション作家の山根一眞氏がまとめたもの。内容は時系列に整理されており、最近になって「はやぶさ」に興味を持った人にも分かりやすい構成になっている。随所に当時の社会の出来事もちりばめられており、そのとき自分が何をしていたか、比較して思い出せるのも楽しい仕掛けだ。

本書は基本的に、山根氏の取材日記のような体裁を取っているが、川口淳一郎プロジェクトマネージャ以下、「はやぶさ」に関わった技術者へのインタビューも随所に交えられていて面白い。興味深いのは、プロジェクトが終了した後から聞いたものではなくて、現在進行形のまっただ中にインタビューした話も多くあることだ。その当時、彼らが何を考え、どう行動していたのか、そういったことを知ることができる貴重な資料となっている。

「はやぶさ」が小惑星イトカワでタッチダウンに挑んでいた2005年当時、詳しく知りたくても情報は極めて限られていたが、現在は無数の特集記事やインタビュー記事などがインターネット上に掲載されており、ほとんどのことは調べれば分かるという状況になっている。しかし山根氏は本書のあとがきにおいて、「情報が溢れすぎているので、逆にまとめる必要性があった」と、執筆の意図を説明。本書を出発点として、興味を持った読者があとは自分で詳しく調べる――そんな役割を狙っているようだ。

反面、技術的な詳細や、科学的成果などについては突っ込みは今ひとつといったところで、そういった向きにはやや不満が残るところかもしれないが、そこまですべて一冊に求めるのは酷というものだ。もっと知りたくなったら、ほかの「はやぶさ」本を探してみて欲しい。本を読むのに疲れたら、全国の科学館やプラネタリウムなどで上映されている「全天周映像 HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-」もオススメだ。

ボロボロになりながらも頑張っている「はやぶさ」の姿を見て、親しみを込めて「はやぶさ君」と呼ぶ人も多い。残念ながら本体は燃え尽きてしまったが、このプロジェクトによって日本がちょっぴりでも元気になれば、はやぶさ君も嬉しいだろうと思う。そして一過性のブームに終わらせず、今後も宇宙開発に興味を持ち続けてくれればなおさら。

小惑星探査機 はやぶさの大冒険

山根一眞 著
2010年7月29日 発売
311ページ(ソフトカバー)
価格 1365円(税込)
ISBN 978-4838721030
出版社から:7年間かけて3億キロの彼方にある小惑星イトカワまで、星のサンプル採取に旅立った惑星探査機はやぶさ。そのサンプルが、砂1粒でも地球にもたらされれば、月以外の天体から人類が初めて物質を持ち帰ったことになる。そして新たに1000本以上の論文が執筆され、太陽系の歴史が書き換えられるとも言われている。
2003年5月の打ち上げから、2010年6月の感動の地球帰還までの、その道中では、幾多のトラブルが発生し、スタッフからも「もうダメか」と落胆、悲鳴が何度も繰り返された。その試練を乗り越えて、やっと、やっと地球に帰還。そのドラマに満ちたな行程もさることながら、宇宙科学の常識を覆すほどの、山のような観測成果、工学的成果をもたらせてくれるに違いない。
世の中に出ている「はやぶさ」の情報は、ほぼすべてがJAXAの公式発表か記者会見に基づくもの。しかしこの本では、打ち上げ前から帰還まで、単独でプロジェクトチームに綿密な取材を続けた山根一眞が、他では知り得ない情報をふんだんに盛り込んだ。「はやぶさ」ファンも知らない未公開の事実や証言が続々と公開される。もちろん宇宙工学をはじめとする技術的なストーリーもわかりやすく解説されているので、宇宙の知識がなくてもその楽しさが伝わる内容になっている。中学生にも読めるわかりやすさだから、夏休みの読書にも最適!