東北大学らの研究チームは、GaAs基板の無損傷加工を実現し、生体超分子を加工のテンプレートとして使用する「バイオテンプレート技術」と融合して高均一・高密度・無欠陥の円盤状GaAs量子ドットを作製することに成功したことを発表した。

GaAsなどの化合物半導体のナノ構造を用いた量子ドット太陽電池や量子ドットレーザーは、量子ドットの持つ量子効果により、広い範囲の波長の光を電力に変換したり、より単色化され高強度な光を低しきい値で温度依存性なく発光することが期待され、その実用化が検討されている。

しかし、従来のリソグラフィとプラズマエッチングを用いた加工では、GaAsが脆弱なためにプラズマから放射される紫外線などにより高密度に欠陥が生成され、発光吸光効率が劣化してしまうという課題があった。また、プラズマ照射による損傷を回避するために開発された、結晶格子サイズの違いを利用した自己組織化による量子ドット作製法では、サイズや密度、位置などの制御が難しいという問題もあった。

研究グループは今回、たんぱく質(フェリティン)+金属複合体(バイオコンジュゲート)の自己組織化と、中性粒子ビームエッチング技術を用いることで実現できるバイオテンプレート技術を活用。フェリティンは内部に直径7nmの空洞があり、そこに鉄酸化物が内包されている。

フェリティンの自己組織化能を利用して基板上に2次元配置、外周部のたんぱく質部分を熱処理かオゾン処理で除去すると、2次元配置された7nm径鉄コアのみが残り、この鉄コアをマスクに中性粒子ビームエッチング加工すると無欠陥でサイズの揃った高密度で等間隔なナノメートルオーダーのナノ円盤構造を基板材料に転写することができるようになるという。

同研究では、GaAs量子ドットを中性粒子ビームにより加工するため基板エッチング前表面処理、GaAs/AlGaAs量子井戸構造の無損傷垂直エッチング、エッチング後の表面を保護する技術(パッシベーション)の開発を実施した。

GaAsのプラズマエッチングには従来3つの問題があり、1つ目はGaAs表面が酸化しやすく比較的厚い不均一な酸化膜が形成されているため、その酸化膜がマスクとなって表面に凹凸(ラフネス)が発生したり、不均一なエッチングとなること。2つ目は、GaCl3はAsCl3やAlCl3よりも揮発しにくく、塩素ガスだけを用いて純粋な化学反応だけでエッチングを行うと表面酸化膜を除去しても表面ラフネスが発生するということ。そして3つ目となる最大の問題が、GaAs基板はSiに比べて脆弱なためプラズマから照射されるイオン衝撃や紫外線により高密度に欠陥生成が起こることである。

こうした課題に対応するため、研究チームでは水素ラジカルによる表面酸化膜除去方法を開発。400℃で加熱しながら水素ラジカル処理を行うと酸化膜だけを選択的に除去できることを発見した。

GaAs基板表面酸化膜の水素ラジカル処理による除去効果

次に、独自に開発した荷電粒子と紫外線を除去した中性粒子ビームを用いてGa、As、Alの等速エッチングを検討。塩素ガスにArを混合させることで、原子層レベルで平坦、しかも欠陥のないエッチングを実現した。

塩素アルゴン混合中性粒子ビームエッチングによる原子層レベル平坦エッチングの実現(塩素ガスにアルゴンを混合させることで、原子層レベルで平坦な、しかも欠陥のないエッチングが実現できたという)

エッチング面の透過電子顕微鏡による欠陥評価(中性粒子ビームでは欠陥が観察されない)

その際、エッチング面の発光特性(フォトルミネッセンス)を測定した結果、プラズマでエッチングした面に比べ10倍発光強度が高いことが判明。これは中性粒子ビームにより損傷が抑制されていることを示した結果だという。さらに、そのエッチング表面のパッシベーション効果を検討。前処理と同様に400℃の温度で水素ラジカルを照射することで塩化物を除去、表面未結合手に水素が吸着することを発見した。この状態でフォトルミネッセンスを検討すると、エッチング直後に比べて3倍発光強度が大きくなり、損傷の影響をより軽減することも判明した。

プラズマおよび中性粒子ビームエッチングにおけるフォトルミネッセンス(PL)強度と水素ラジカルによる表面パッシベーションによるPL強度の改善

同エッチング技術とバイオテンプレートを組み合わせることで、GaAs基板上に、厚さ数nm、直径10nm程度の円盤構造を無欠陥・均一・高密度(1012cm-2以上)、等間隔(2nm)で2次元配置できることを示した。

バイオテンプレートと中性粒子ビームエッチングによる無損傷・均一・高密度GaAs量子ナノディスク構造の実現(1がGaAs基板上に鉄内包フェリティンを高密度2次元規則配列。2で熱処理によって外周部のたんぱく質を除去し、鉄コアのみを基板上に残す。3で鉄コアをマスクとして、中性粒子ビームによりGaAs基板をエッチング)

この量子ナノ円盤構造アレイでは、従来困難であった均一なサイズのナノ構造を2nm間隔で均一かつ高密度に配置できることから、理想的な量子ドット超格子構造を実現できていると考えられ、高効率・量子ドット太陽電池および高効率量子ドットレーザーを実現する構造として有望という判断がなされたという。

GaAs量子ナノ構造を用いた量子ドットレーザーおよび量子ドット太陽電池のイメージ図

研究チームでは、今回開発されたナノ構造形成技術により、理想的な量子効果デバイスの実用化を促進できる準備が整ったと考えられるとしており、今後はこれらの成果をもとに、異なった波長の光を吸収できる、異なった厚さの化合物半導体量子円盤アレイ構造を積層したセルを用いて、多接合方式(タンデム方式)量子ドット太陽電池の試作を行い、理論値60%の可能性を実証する高い変換効率の実現を目指すとしている。また、一桁以上従来に比べて発光効率の高い量子ドットレーザーの開発にも展開していく予定としている。