私が読んでいる青年コミック誌にイタリアンレストランの漫画がある。物語は今、新しく開店したレストランにお客が入らず苦境に陥っている。そこで従業員全員で今後どうしたらよいのかを話し合うのだが、そこで出たアイデアは夢のあるレストランにしよう、大人が楽しめるかっこいいレストランにしようというもので、インテリアを変えるアイデアが出たりと大いに盛り上がる。

そこへ現れたのが共同出資者の経営者で、それらのアイデアを一刀両断に拒絶する。その計画に一体いくらかかるというのか、すでに赤字を出しているのに、これ以上投資はできないと、スタッフの節減をも匂わせる。唖然とする従業員たち……。

私はこの従業員たちと同じように、なんという冷徹な経営者なのだろうと思った。現場がこれだけ盛り上がっているのになぜそんなことをいうのか、と。

しかし、それが経営者というものなのだ。

今回紹介する新将命氏による『経営の教科書 - 社長が押さえておくべき30の基礎科目』という本の序章にはこう書かれてある。

とりあえずは会社をつぶさないこと

赤字決算を避けるためにスリム化、経費、コスト、人件費の削減も場合によってはやむをえない。経営者の最大の目的は利益を出して勝ち残ることで、決して会社つぶしてはいけないのだ。

上の漫画の例で言えば、今必要なのは店内の改装ではなく、コストをかけずに人気を集めるような秘策なのだろう。私にはそれが今は思い浮かばない。どう乗り切るのか次回の連載が待ち遠しい。

話を戻して今回紹介する『経営の教科書』である。著者の新将命氏は40数年にわたり複数の外資系企業の社長などを歴任された「経営のベテラン」だ。その同氏が培った経営の原理原則を30にまとめたものが本書である。

異業種から社長が迎えられるというケースを考えてみよう。ルイス・ガースナーがナビスコのCEOからIBMのCEOになったり、ジョン・スカリーがペプシから「このまま一生砂糖水を売り続けるのか」の殺し文句でアップルの社長に引き抜かれたり、日本でもアップルコンピュータの社長から日本マクドナルドの社長になった原田泳幸社長などの例がある。いずれも食品メーカとコンピュータメーカの社長との間の転職なのだが、これって業界がまったく違うではないか。違う業界の社長がよく勤まるものだとは思わないか。

『経営の教科書』にはこう書かれてある - 「業種業界に関係なく、企業経営の根幹の80%は、ほとんどどの会社も同じである」と。つまり異業種からの社長就任もまったく問題ないのである。よって経営者たるもの、この80%に相当する「経営の原理原則」を学ばなければならない。そして会社をつぶす社長はこの原理原則を知らないと新将命氏は言う。

その30の中身であるが、大きく7つの章に分かれており、それらは、夢、社会性、戦略、実行、社員、コミュニケーション、後継者についてである。最後の後継者の章は社長ならではの視点だとは思うが、それ以外は中間管理職の私が読んでも我が意を得たり的な箇所が多かった。いずれも決して目新しいことではないが、40年のキャリアを積んだベテラン社長の言葉であるのでしっかりと読みたいものである。

30の中から3つばかり内容を紹介する。まず「ビジョン・理念」について。著者はコスト削減で赤字を出さないことは緊急事態として必要とはいえ、長期的な成功のためには目先の対策と共に、ビジョンを語ることが重要だと言っている。ビジョンのある会社は経常利益率も高いというデータもある。やはり人は大義があると大きな仕事をできるものなのだろう。

ただ、社長室の壁に張られた「和」という紙があるだけでは意味がない。理念は社員に浸透され日々の仕事で使われなければならない。日々の仕事で判断に迷うことがあれば理念を思い返し、それにしたがった行動を取るようなってこそ意味がある。

「リーダーシップ」について。社長たるもの「トンネルの先の光」を示さなければならない。社員は自分達がどこに向かおうとしているのか、それが見えないと日々の仕事をこなすのみになってしまい疲弊してしまうのだ。今はつらくとも、トンネルの先に光が見えてこそ、今を頑張れるというものだ。

「大局観」について。「多・長・根」をつねに意識すべしと言っている。「多」とは物事を多面的に見るということ。目の見えない3人がそれぞれ象の尻尾、足、腹を触り、象というものはそれぞれ綱、丸太、壁のようだと評したというたとえ話は、物事は多面的に見ることが大切だと教えてくれる。社長ではない人でも、従業員の立場、上司の立場、他部署の立場、顧客の立場などいろいろな立場から物事を見る必要性は理解できると思う。

「長」とは長期的視野で物事を考えよということ。景気が良いからといって多くの新入社員を雇ってしまうことがあるが、10年後にどのようなインパクトをあたえるのかを考えることが必要だ。採用は大きな投資と同様に長期的視野で考えるべし。

「根」とは物事の根本を意識すること。たとえば会議が始まって話が関係ない方向に飛んでいき迷走することはありがちだ。会議の根本、つまりいつ始まり、いつ終わるのか、目的やゴールは何か、といった根本を意識しておくことが肝要だ。

「多・長・根」のそれぞれは理解できる考え方だが、「多・長・根」は、えてしてトレードオフの関係になりがちで、同時に満たすことが難しい場面がある。著者によると、こんなとき一流の経営者は何とか「多・長・根」を両立させる中庸の道を見つけ出すものだという。そこのコツは残念ながら本書には書かれていない。

以上、業種に関係しない経営の30の原理原則から3つを紹介した。残りの27つも、社長ではないあなたにもきっと役に立つことが書かれてあるのでチェックしてみてほしい。

経営の教科書 - 社長が押さえておくべき30の基礎科目

新将命 著
ダイヤモンド社 発行
2009年12月11日 発売
四六判 / 288ページ
価格 1,680円(税込)
ISBN 978-4-478-00225-4
出版社から: "伝説の外資トップ"と呼ばれた著者が、20年以上に及ぶ経営職経験で得た知見を初めて体系化した「社長の仕事」実論。会社ごとに商品・商慣習の違いはあれど、社長の仕事の80%は業種業界問わずみな同じ。すなわち「経営の原理原則」を身につけることである。会社を伸ばす社長・つぶす社長を決定づける「社長の仕事」実論を余すところなく説く。