産業技術総合研究所(産総研)は、各種半導体酸化物の多孔質薄膜を作製できる汎用的なマクロポーラス化技術を開発したことを明らかにした。
同技術は、半導体プロセスに適用可能なスピンコート法による一段階プロセスで、これまで困難であったマクロ孔の多層化や連結性の制御が可能となるもの。
ポリスチレン(PS)系界面活性剤が極性溶媒中で球状に集合しやすい性質を利用したもので、PS系界面活性剤は、極性溶媒中では疎水部であるPSユニットを内側、親水部(例えばポリエチレンオキシド:PEO)ユニットを外側にしたコアシェル構造の球状集合体を形成する。
この極性溶媒中に目的とする半導体酸化物の前駆体である金属オキソ種を均一に溶解させておくと、スピンコート法で成膜する過程での溶媒揮発に伴って、溶解している酸化物の前駆体と親水部ユニットが相互作用しながら球状集合体が隣接するようになる。酸化物の前駆体が球状集合体の親水部ユニット付近に集まった構造の薄膜を生成するが、これを焼結して球状集合体を除去すると、その部分が空孔となりマクロポーラス半導体酸化物薄膜が得られるという。
同方法により球状集合体、すなわち空孔を多層化することも可能なほか、空孔の直径はPS系界面活性剤の分子量によって制御することもできる。また、PS系界面活性剤と酸化物前駆体の量を変化させて、空孔を孤立させたり、連結させたりすることが可能だ。
実験では、DNAやタンパク質などの巨大な生体分子が通過できるような10nmを超える大きな連結孔も存在しており、酸化チタン、酸化スズ、酸化亜鉛などの典型的な各種半導体酸化物のマクロポーラス薄膜の作製も行ったという。
今回のマクロポーラス薄膜の空孔は、生体分子が関与するより複雑で選択的な反応系にも適用可能で、産総研では5~10nm程度の巨大なタンパク質が3分子(1次抗体XG69、2次抗体5A6、抗原PSA、2次抗体の標識色素Cy5)関与する免疫検定(イムノアッセイ)系をマクロポーラス薄膜内に構築した。それぞれの分子は空孔を連結する孔を通過できるため、空孔内部のマクロ空間で3分子が関与する抗原抗体反応を進行させることが可能。薄膜電極表面に1次抗体を固定化しておくと、抗原が存在する場合だけ2次抗体が結合することができる。2次抗体を色素で標識し、マクロポーラス酸化スズ薄膜を電極部材として、この抗原抗体反応系を構築したところ、蛍光により測定した色素吸着量と2次抗体を標識した色素分子から発生した光電流値とは良い相関を示したという。
同技術により、半導体酸化物の電気的特性とマクロ空間を同時に利用した新たなデバイスの開発が期待されることとなり、特にマクロポーラス構造は耐熱性が高く、これらの酸化物は焼成過程で透明性を保持したまま結晶化させることが可能なため、色素増感型太陽電池やガスセンサなど光電変換デバイスの電極材料として利用できるほか、マクロ空間を利用することで、生体分子の高い分子認識機能を活かした選択的なセンサができるものと産総研では期待を寄せている。
すでに、TOTOと共同で、色素増感型太陽電池の原理を利用した新たなセンサを提案。マクロポーラス半導体酸化物薄膜を電極とし、色素標識した生体分子をマクロ孔内に固定化したところ、極めて選択的な分子認識機能を示す高感度センサが得られたとする。
これは生体分子に色素分子を標識して色素増感型太陽電池のエネルギー伝達経路を形成、光を照射すると色素分子は励起状態になり、光励起したエネルギーが電極に移動すれば電流として検出できるというもので、例えば、生体分子1分子に色素分子を1つ標識しておき、まず蛍光を測定して色素分子の吸着量(= 生体分子の吸着量)を決定。色素吸着量と電流値との関係を予め測定しておくと、電流値から生体分子の吸着量を定量的に求めることができるセンサとして利用できるというもの。また、電流として検出できるので装置の小型化も可能となる。
同センサについて、マクロポーラス酸化チタン薄膜をフッ素導入酸化スズ(FTO)基板電極上に成膜し、色素で標識したDNA分子を吸着させ、センシング機構について検証した結果、FTO基板電極(凹凸表面)自体やメソポーラス酸化チタン薄膜(FTO基板電極上に成膜)ではDNA分子は薄膜の表面にしか吸着しないが、マクロポーラス酸化チタン薄膜では薄膜内部の空孔にもDNA分子を取り込むことができるため、吸着量が3倍程度増大したという。また、標識色素を光励起して発生する光電流を計測した結果、マクロポーラス酸化チタン薄膜では他の薄膜と比べて光電流が100倍以上も大きくなっていたことが確認された。これは、色素標識DNA吸着量の増大だけでなく、マクロポーラス薄膜ではFTO基板電極の近くにもDNAが吸着しているので、効率的なエネルギー移動経路ができ、電流値の飛躍的な向上につながったと考えられるという。
なお、産総研では空孔内部のマクロ空間を利用した特異反応場の構築などを通じて、新たなデバイス開発を行いたいとしているほか、併せて、孔径の範囲の拡張、複合組成材料の開発を進め、各種の応用での機能を向上させるための多孔質半導体酸化物薄膜の最適構造モデルの提案につなげる考えを示している。