タロ、ジロ、ハチ、クイール、きな子、日本映画のあらゆる主役犬を演技指導

実話をベースに、見習い警察犬と見習い訓練士の心温まる交流を描いた映画『きな子~見習い警察犬の物語~』が現在公開されている。このような犬をテーマにした映画に欠かせない存在が、犬に迫真の演技をさせる「ドッグトレーナー」だ。映画というクリエイティブの現場において、「ドッグトレーナー」とはどのような役割を果たす仕事なのだろうか? 日本映画における「犬」の第一人者 宮忠臣氏に話を訊いた。

宮忠臣

1945年生まれ。1981年にテレビドラマ『炎の犬』でドッグトレーナーとしてデビュー。それ以降、動物調教の第一人者として『南極物語』、『ハチ公物語』、『クイール』、『子ぎつねヘレン』、『マリと子犬の物語』、『犬と私の10の約束』、『スノープリンス 禁じられた恋のメロディ』など、様々な作品で「犬に演技指導」する。最新作は『きな子~見習い警察犬の物語~』

――宮さんは、日本のほとんどの犬が登場する動物映画に関わっていらっしゃいます。映画製作現場における、ドッグトレーナーとは、どんなお仕事なのでしょうか?

宮忠臣(以下、宮)「犬をしつけるという部分では、一般のドックトレーナーと大きく変わらないですね。僕自身、基本は警察犬協会の訓練士なので……。その基本的な訓練をして、その映画ごとに沿って特殊な事を教えるという感じです」

宮氏にじゃれるきな子

――犬に橇をひかせる、盲導犬の演技をさせるなど、宮さんは様々な演技を犬にさせてきました。しかし、今回は、「失敗ばかりのズッコケ見習い警察犬」という役です。「ダメな犬の演技を犬にさせる」というのは、かなり難易度が高いと思うのですが。

「まず、訓練よりも役に最適な犬を探すのに苦労しました。普通のラブラドール・トリーバーを探すなら苦労はないのですが、ラブラドールは普通の犬より頭が良いし、訓練も楽なんです。どんな演技をさせても、賢すぎると、観た人が見ればわかってしまいます。それでは、この映画にリアリティがでない。見た目もいまいち、訓練性能もいまいち、でも愛くるしいという犬を今回は探したかったので、そこに苦労しました」

――映画のきな子は、まさに条件にぴったりの「愛すべきズッコケ犬」という感じでした。

『きな子~見習い警察犬の物語~』

「ダメな犬の演技を犬にさせる」という難題にこの映画で宮氏は挑んだ。当然、犬を操る役者への演技指導も行う
(c)2010『きな子~見習い警察犬の物語~』製作委員会

「きな子のことは、たまたま京都で見つけたんです。身体も小さくて、それほど美人でもなく、訓練性能もいまいちという犬でした。でも、撮影時は私以上に夏帆が大変だったと思います。自分では役者として演技しながら、訓練士としてきな子を撮影で実際に動かすのは夏帆なのですから」

――夏帆さんは犬の訓練士としては、宮さんから見ていかがでしたか?

「最初は大変でしたが、撮影後半に、夏帆もきな子も反応が良くなりましたね。夏帆のリードの捌き方も本物のように変わってきましたしね」

――宮さんは、犬だけでなく、犬を操る役者さんへの演技指導もされるんですよね。

「そうですね。動物の演技だけだと楽なんですが、こういう映画では犬を役者に預けるので、役者さんに指導させていただく部分も多いですね」

――きな子役の犬への演技指導では、どのような部分で苦労されたのでしょうか?

「ちなみに、この子は役名でなく本名が『きな子』なんですよ(笑)。この映画の話が来て、この子で行こうと決めてから10カ月期間があったのですが、すべてが大変でした。決めた時点で、すでに子犬ではなくて、1歳ぐらいの段階から訓練したんです。生まれてから、京都の家を一歩も出たことのない犬でした。そんな環境の犬に、警察犬の訓練をしていくというのは、大変でした。犬の演技だけでなく、犬が役者さんたちに慣れるということも必要でしたからね」

――この映画は宮さんにとって、どのような作品だったのでしょうか?

「こういうテーマの映画自体が初めてなので、新鮮でした。大抵の犬の映画は、犬の一生を子犬から死ぬまで描いて泣かせるという映画が多いのですが、この『きな子』は、現在進行形で、明るい希望を持たせるお話なので良かったです」

――宮さんとしては、どのようにこの作品を楽しんで欲しいですか?

「普通の方は観てくださっても、撮り方の苦労まではわからないと思うんですよ。ただ、犬が頑張ってる姿を自分の犬に重ねて観ていただけたら、嬉しいですね。どのような状況でも犬は人間にとって『心の拠り所』なのですから」

映画『きな子~見習い警察犬の物語~』は全国ロードショー公開中

撮影:糠野伸