2010年8月7日と8日の2日間に渡り、東京 秋葉原に実物大のマジンガーZが出現した。これはバンダイ コレクターズ事業部が開催したイベント『魂フェスティバル2010~夏の新商品祭り~』の中で行われた企画で、話題のAR(拡張現実)技術を使い、設定と同じ全高18メートルという大きさでマジンガーZを再現するというもの。街中に巨大なARを表示するという驚きの企画はどのように実現され、どのような工夫があったのだろうか。バンダイナムコ ゲームスの山田大輔氏、太田昌希氏のお二人に話をうかがった。
「実物大ARマジンガーZ」の秘密
――今回の企画ですが、専用のiPhoneアプリ「魂AR」を起動し、指定された方向にカメラを向けるとそこにマジンガーZが出現する、という内容でした。いったいどのような仕組みで実現されているのですか?
山田大輔氏(以下、山田氏)「『魂フェスティバル2010』の会場となった秋葉原UDXビルの隣に、アニメイト秋葉原店さんが入っているビルがあるのですが、これが一種のマーカーになっています。映像を解析してビルの形状を認識し、その手前に3DCGを描くという仕組みですね。3DCGのデータは、8月6日から発売のバンダイ『スーパーロボット超合金 マジンガーZ』のデータを使用しています」
――一般的なARマーカーを使うのではなく、景色をマーカーにして画像を表示しているのですね。では、似た風景を再現して、別の場所でマジンガーZを出現させてしまおうなどと考える人もいると思うのですが?
太田昌希氏(以下。太田氏)「詳しいことは明かせませんが、『魂フェスティバル2010』の開催期間、さらに指定された時間内でしか出現しないような制限をかけています。また高い精度で画像認識を行っていますので、似たビルを見つけて再現しようと思ってもまず不可能でしょう」
――CGはどこまで見ることができるのですか? 例えば、真下から上を見上げるとか?
山田氏「今回は会場の関係で見ることはできませんが、商品用の3Dモデルを使用していますので、背中や頭頂部などもちゃんと表示されているんです。また、かなり角度がある状態でも見ることが可能です」
太田氏「また雨がふった程度なら平気なようにできていますが、暗くなる前にイベントを終了するようにしています」
企画実現に至るまで
――この企画は『魂フェスティバル2010』のために考えられた企画だったのですか?
山田氏「もともとARの企画はどこかで実施したいと考えていたのですが、『魂フェスティバル』の関係者と話をしていたところ、彼らもARをやりたいという話になって。それでは準備しましょう、ということになったんです」
――なぜARの企画に興味を持たれたのでしょうか?
太田氏「ARは新しい技術で、人々に関心を抱いてもらうことができますよね。それをどうマネタイズするかという点は非常に難しいですが、『人を集める』という点ではポテンシャルがあると考えていました。イベントに活用して、お客様に来てもらい、そこで何かができるのではないかという思いから、今回の企画を立ち上げています」
――企画から実現までにどのくらいの期間がかかったのですか?
山田氏「『魂フェスティバル』で実施しようということが決まってから、1カ月程度で実現することができました」
太田氏「具体的にどう実現していくのか、という点についてはiPhoneアプリの開発を担当していただいたコンセプトさんからも、さまざまなアイデアを出していただきましたし。会場が確定してからは、『これをマーカーにしましょう』といった話などもご提案いただいて」
山田氏「ビルをマーカーにできると聞いて驚きました(笑)」
――今回は商品(『スーパーロボット超合金 マジンガーZ』)を開発する際に使用したデータを使って3DCGを作画されたとのことですが、そういったデータを活用できたという点も短期間での立ち上げを可能にした一因ですか?
太田氏「そうですね。ほかにもバンダイナムコ ゲームス全体としてさまざまな資産を持っていますし、ARに活用できるものは多いと感じています」
――今回の企画で苦労した部分は?
山田氏「やはり本物らしさを出す、という点には苦労しました。iPhoneの画面の中で、リアルの風景とCGを合成することになるので、おもちゃっぽくなってしまうわけですね。そこで単にモデルを表示させるだけでなく、光や色の加減など、実感を出すことにこだわって作っています」
――秋葉原というビル街の中で、2階のデッキ部分から見るという形式だったわけですが、この場所はどのように決めたのですか?
山田氏「いくつか候補がありました。『魂フェスティバル』の会場はUDXということが先に決まっていたので、UDXの周辺という前提はあったのですが。さらに18メートルのマジンガーZを立たせた時に、違和感なく表示することができる場所という点も配慮する必要がありました。さらにマーカーとして使える建物があること、などといった点を考えて総合的に判断したのが今回の会場です」
――会場周辺の立地なども考慮されたのですか?
太田氏「今回は『魂フェスティバル』内のひとつの企画という位置付けですので、フェスティバルでの人の流れも意識しています。イベントの邪魔にならないような導線にする、過度に人の滞留が起きないようにする、などといった配慮ですね。さらに今回はアニメイトさんが入っているビルをマーカーにしていますので、先方にもご協力をいただいています」
今後の可能性
――今回のアプリはiPhone版のみですが、アンドロイド携帯やフィーチャーフォンに対応する計画はありますか?
太田氏「今回iPhone版のみとなったのは、ほかの端末を排除しているわけではなく、正直なところ時間的な問題が大きいです。今後についてはいろいろな側面を考慮した上で対応していきたいと考えています」
――今回のようなイベントをほかに開催される計画はありますか?
山田氏「具体的な名前は出せませんが、いろいろ考えています。先ほども述べたように、ARについては以前から『やりたいよね』という話が出ていました。しかし会社としてやるということになると、マネタイズを考えなければならず、非常に難しい話になります。『何をどうすればいいんだろう?』と試行錯誤を繰り返していたのですが、汎用的に使える仕組みも持つことができました。社内には3Dモデルが大量に、それこそ日本の人口ぐらい存在しています(笑)。もしかしたら、それをARで出せるかもしれないという点で、期待していただいてよいのではないかと思います」
太田氏「頓智ドットCEOの井口さんが『Here and Now』という話をよくされていますよね。ある場所に行かないと体験できない、という。そういった機会がなかなか今の世の中では難しくなる中で、ARは新しい体験をもたらしてくれるものですので、その力を引き出していきたいと考えています」
――今回のイベントは単にシステムを持てたというだけでなく、マネタイズを考える上でのモデルを持てたということが大きいわけですね。
山田「バンダイナムコグループという視点で考えてみると、ゲームを作っているだけではなくて、おもちゃを作っている会社もありますし、ナンジャタウンやゲームセンターなどのロケーションも持っています。ARを展開する上で、それは大きな強みとして活かせるのではないかと思いますね。今回のイベントもロケーションとアナログ(3DCGのモデルとなった超合金)の融合ですし、超合金に対する所有欲を喚起するという点でも、マネタイズをどうするかという問いに対するひとつの答えになっているのではないでしょうか」
太田氏「社内からも、『あれができるならこれもやりたいよね』という話が出ています。クリエイターさんはひとつ刺激があると次々アイデアが出てくるんですよね。まずは『こんなことができるよ』ということを示すことができたというのは、すごく意味があるのかなと」
山田氏「スタンプラリーのようなイベントもARでやったらいいのにね、なんて話をしています。これも『その場に行かないともらえない』という体験ですし、ARとの親和性は高いのではないでしょうか」
――バンダイナムコさんはデジタルからリアルまで、幅広い資産を持たれていますよね。ARへの展開を期待する方々は多いのではないでしょうか?
山田氏「ARについては、去年までは『これは凄い!』という空気だったものが、今年に入ってからは『で、どうするんですか?』という空気になってきていると思います。このままいくと『賑やかし』で終わってしまう危険があるのではないでしょうか。その意味で今回のイベントが、こういうやり方をすればいいんだというモデルケースのひとつになれば良いと思います。ちょっと前まで、日本発のプラットフォームが多かったですよね。任天堂やソニーとか。それが今やGoogleやアップルなどに取って代わられています。しかしARは残された数少ない、日本がプラットフォームを握れるテクノロジーのひとつではないでしょうか。先日米国で行われた『コミコン』に参加したのですが、今年一番目に付いたのは『Follow Me』と『Like』というふたつのサインだったんです。つまりTwitterとFacebookですね。ARってコミコンの人たちが好きそうなのに、ほとんど見かけませんでした。それで『あ、ARはまだなんだな』と感じました。ARはまだまだ日本から発信していける領域だと考えています」
インタビュー内でも語られていたように、「実物大ARマジンガーZ」ではデジタルとアナログ、そしてロケーションという3つの要素が絡み合っている。それにより、『魂フェスティバル』というイベントに対する集客、また最近発売された商品のPRという効果を期待できるようになっており、どうやってAR技術をビジネスに活用するかを考える上で大きなヒントを与えてくれていると言えるだろう。さらにARの実現形式という点から見ても、ビルの形状をマーカー代わりにするというユニークな発想が採用されており、今後の参考になるイベントであったに違いない。言うまでもなく、バンダイナムコグループはほかにもさまざまなコンテンツやロケーション、さらにエンターテインメントに関する豊富なノウハウを有している。そこにARという技術が加わったとき、どんな面白い体験を生みだしてくれるのか……。今回のイベントは、そんな未来に対する期待を抱かずにはいられないものであった。
(執筆 小林啓倫)