マイコミジャーナルをご覧の皆さん、こんにちは。デジタルハリウッド講師の小倉イサクです。今回は、コラム「クリエイター業界最前線」の番外編として、7月末にアメリカで開催された「SIGGRAPH2010」の会場の様子を紹介していきたいと思います。
SIGGRAPHとは
アメリカで毎年開催されているSIGGRAPH(シーグラフ)とは、「Special Interest Group on Computer GRAPHics」の略語で、ACM(アメリカ合衆国の情報工学分野の学会)におけるコンピュータグラフィックス(Computer GRAPHics)を扱うSIG(分科会)を意味しています。初開催から35年以上の歴史を持っており、世界で最も大きなCGのカンファレンスです。今年は、7月25日~29日までの5日間で以下のようなイベントが行われました。
・研究発表を行うCourses |
・世界中のアーティストが出品するArt Gallery |
・アニメーション作品を堪能できるAnimation Festival |
・未来の技術を垣間みれるEmerging Technologies |
・新製品やデモンストレーションを体験出来るExhibition |
・最新ハリウッド映画のVFXメイキングを行うStudio Presentation |
また、それ以外にも、世界中のCGに携わる人々が集まり情報交換が出来る各種パーティーやCGの専門書籍を扱う本屋さんがあったり、求人に特化した「JobFair」というイベントがあったりと、"CG漬けの5日間"といった内容になっていました。本レポートでは、その中でも、特に印象に残った展示会場(Exhibition/エキシビジョン)の様子を紹介したいと思います。
展示会場
みなさんは東京モーターショーへ行った事はありますか? シーグラフに於けるエキシビジョンは、そのCG版だと思って想像してみて下さい。トヨタや日産、HONDAなどのブースに新車やコンセプトカーが展示してあるのと同様にシーグラフでは各社(約140社)が競って展示発表を行っています。中でも、元気の良い会社、景気の良い会社は展示ブース自体が大きいので、各会社を展示規模に注目しながらみていくと現在のCG業界の力関係がわかります。
展示ブースの規模では、総合3DCGソフト(Maya、Max、XSI等)の開発・販売を行っているAutodesk社が文句なく1位です。世界中のCGソフトのシェア約9割はAutodesk社が占めていると言っても過言ではありません。次に大きなブースの会社は、今やCG制作で欠かす事の出来ないハードウェアであるグラフィック専用ボードの開発元NVIDIA社でした。NVIDIA社のブースでは、リアルタイムのキャラクターアニメーションシステムのデモを行っており、非常に面白いものでした。そしてレンダリングに特化したV-Rayを扱うChaosSoftware社、映画『アバター』でも使われたモデリング専用ソフト「ZBurush」を扱うPixlogic社、「Lightwave」という安価なCGソフトを扱うNewTek社、映画『トイ・ストーリー』シリーズでお馴染みのPIXAR社、モーションキャプチャーとバーチャルカメラをデモンストレーションしていたNaturalPoint社、といったところは、ほぼ同じ規模で展示・発表を行っていました。
また、今年特に目立った点としては様々な教育機関が、比較的大きな展示ブースを出展していたことです。というのも、シーグラフ会場に来ている多くの大学生や高校生にとって非常に大きな情報収集の場だからです。
一方で、残念な事はCGプロダクションの不況と衰退が展示会を通して見えたことです。Sony Pictures Imageworks(映画『アリス・イン・ワンダーランド』、『スパイダーマン』を制作)は昨年に比べ展示規模が非常に小さくなっていたり、Digital Domain(映画『トランスフォーマー』や『ベンジャミン・バトン 数奇な運命』)や、ILM(映画『スターウォーズ』シリーズや『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズ)、PDI/DreamWorks(映画『シュレック』シリーズ)などは展示自体を辞めていたりと(ただし、求人ブースは出展していました)、景気の悪さが続いているという印象は拭えませんでした。
しかし、展示の目玉でもある技術の進化は目覚ましいものがあります。特に、立体視の制作環境向上、CGという架空の世界に現実のカメラをリンクさせるバーチャルカメラの浸透、AR(拡張現実)技術やVR(仮想現実)技術の進化などがICTとしての本領を発揮していくことで、今後、新たなビジネスを生み出していくことは、まぎれもない事実だと思います。
まとめ
世界中の経済を麻痺させた"リーマン・ショック"から2年。企業の不振が広告宣伝費の削減につながり、CMなどの映像制作会社の倒産も相次ぐなど、その影響は計り知れません。特に、ハリウッドのCGプロダクションはIBMやHPなど大企業が大株主を占めている事もあり、その影響が未だに尾を引いています。そんな状況から、シーグラフも規模が小さくなり、数年前の様な活気がないのは事実です。2011年は、初のアメリカ以外の開催(カナダ・バンクーバー)ですのでアメリカ西海岸にある多くのCG制作会社は出展を見合わす事になるかもしれません。
しかし、映画『アバター』のような27億ドル(約2,600億円)を超える興行収入を記録した作品や、今年の11月と2011年夏に公開される映画『ハリーポッター』シリーズの完結編などは、世界中の人々の関心の的といえるでしょう。そのほか、近年、立体視の映像技術が向上したことによる映画産業全体の底上げは、必ずコンテンツ業界全体の景気に影響してきます。今、目の前にある危機を皆でなんとかしようと考え、前に進んでいく事で、少しでも状況が良くなれば、と考えた5日間でした。