デジタルハリウッド大学は、秋葉原メインキャンパスにて「デジハリ生限定特別先行試写会&メイキングセミナー~山本寛監督が語る、映画『私の優しくない先輩』ができるまで~」を開催。山本寛監督をゲストに、実写初挑戦となる本作の制作秘話やアニメ業界の現状についてレクチャーが行われた。
山本寛監督は、京都アニメーションに入社後、アニメーションDoを経て2007年にアニメ制作会社Ordetを設立。『POWERSTONE』(1999)でデビューして以降、演出家として『涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズ、監督として『らき☆すた』、『かんなぎ』(2008)などヒット作を多く輩出する。脚本や監修も数々の作品で手掛けており、本作が初の実写映画となる。
映画『私の優しくない先輩』が実写であるべき理由
本作を手掛けるきっかけとなったのは3年前、アスミック・エースのプロデューサー宇田充氏との出会いだったと山本監督。これまでアニメ作品を多く手がけてきたため、実写映画のシナリオを渡されたときは、さすがに冗談だろうと思い2カ月間ほど手をつけずにいたという。「でも実際に読んだら作品にハマってしまったんです、何でもいいからこの作品に関わらせてほしいと宇田さんに連絡したほど。でも、脚本制作をしている間もいちスタッフという意識しかなく、2009年に入って宇田さんからキャスティングの話をされるまでは、自分が監督をするなんて思ってもみなかったですね」
アニメーション映画も手がける宇田氏だけに本作をアニメにする選択肢もあったが、自ら実写を選択した。「それは単純に、実写でしか撮れない作品だったからです。主人公の耶麻子の表面にある、乾いた現実世界と内側のチープな妄想世界の対比を描くには実写しかなかったんです。質感をいくら描き分けても、アニメだとその2次元表現にすべてが絡め取られてしまいますから」
その結果が、ハリボテの地球に電飾の宇宙、極太のワイヤーでできた妄想シーン。見た目ばかりが指摘されがちだが、実は美術スタッフのプロならではの作りこみが施されている。「何度も美術さんとは打ち合わせを行いました。例えば、ワイヤーはあえて太いものを選んで、白ペンキを塗って見えやすくしてもらったり。『耶麻子の中の虚構なんて所詮そんなもの、妄想の世界なんて嘘っぱちだ』という見え方をとことん目指した結果です」
また、妄想シーンと共に強烈な印象を残すのが、冒頭のモノローグだ。監督自身「自分でもうざいと思うし、なぜあんな表現にしたのかわからない」という。しかし、あそこまで赤裸々に吐露する表現でなければ完成しなかった、と振り返った。山本監督は、元々は作品を理詰めで作る理論派。それだけに客観的な分析がしづらく、セカイ系(※1)と括っている今作は珍しい状況だという。「最近ようやく、あの耶麻子の精神構造や心象風景を描いた表現を含め、いろんな面で僕の思春期とシンクロしていたんだとわかってきたんです。耶麻子って、『現実なんてこんなもんだ』とリアリストぶって、『私は心臓が悪いからどうせ長く生きられないんだから妄想させてよ』と言う。そんな姿に自分を重ね合わせたんだろうなと」
※1定義は明確ではないが、アニメ・マンガ・ライトノベルなどの一部を指すカテゴリーの総称。山本監督の場合は、作り手の視点から見て「自分の思惑や意図を超えた、自分でも首を傾げる創作方法を取っている作品」のことを指す。(インタビューより)
思春期の心を追体験してほしい
山本監督は、今作を足がかりに、今後はさまざまなジャンルでの制作に取り組みたいと語る。「初めての実写の現場で戸惑ったりもしましたが、ものづくりという点では一緒だと思いました。結局、頭のイメージをどんな道具で出力するかの違いだけなんですよね」
ワイヤーアクションにワンカット撮りの群集ダンスなど、各所で調整が必要な演出が満載にも関わらず、実際の撮影期間はたったの1カ月。主演の川島海荷さんと金田哲さん(はんにゃ)をはじめ、キャスト・スタッフは共に過酷なスケジュールを走り抜いた。そんな大変な撮影を経て完成した作品に込められたテーマとして、監督は「思春期の心の動き」を挙げた。「ジュブナイル作品(※2)で大事なのは、理屈で語りきれないものを表現することです。そこを越えて大人になるわけだから、作る方も見る方も思春期に戻って追体験できるものでないと意味がありません。そういう面でも、この作品がみなさんの中に潜む思春期を見直すきっかけとなればと思います」
動物的な感想を持ってくれる人こそ、本当にこの作品を理解してくれたお客さんだと思う、と言葉を継いだ。
アニメ業界の現状
本セミナー内では制作エピソードのほか、現在のアニメ業界の問題点も明かされた。10万人規模の市場を取り合う状況に懸念を示しながら、特殊な業界構造にアンチテーゼを突きつけたいと語る。「例えば2009年は、クールごとに作品の勝ち組と負け組がはっきり出ていました。勝った会社は鼻高々でしたが、でもそれだけでは業界は疲弊する一方。僕は、勝ち残った人だけが作品を作っていればいいという構造は、業界の今後を考えても健全ではないと思います。なので、アニメ業界を広げるためにも色々なことをすべきだし、市場を広げる努力も積極的にしていく必要があると考えています。市場を今の10万人に限定することはありません。もっと違う勝負のできるフィールドがあると思うんですよね」
新世代のアニメ表現を創り上げた監督が憂う業界の未来。しかし、レクチャーからは、監督が今作を通して新たな第一歩を踏みだし、業界変革への新たな光明を見つけたことが感じられた。
※2古くはヤングアダルト向けのSF・ファンタジー小説を指し、現在ではライトノベルとほぼ同義。
映画『私の優しくない先輩』は、新宿バルト9、新宿武蔵野館ほかで全国公開中
(C)2010 「私の優しくない先輩」製作委員会