理化学研究所(理研)は7月9日、東北大学、東京大学、米国スタンフォード大学とともに、相互作用により電荷が移動できない「電荷整列絶縁体」の代表的な物質の1つ、マンガン酸化物薄膜が、磁場を印加すると雪崩的に電子が動いて金属に相転移する様子を、走査型マイクロ波インピーダンス顕微鏡を用いて観察することに成功。同薄膜が金属へ相転移すると、細線状に形成された金属相のネットワークが絶縁相の中に現れることを明らかにした。
既存の半導体デバイスは、MOS型トランジスタ構造を利用して、自由に動ける電子の量を電場によって変化させ、オン状態とオフ状態を制御しているが、プロセスの微細化が進むにつれ、電場印加に必要な絶縁層を漏れるリーク電流の増加や、電極間が狭まることによって素子ごとに特性がバラつくという短チャネル効果などの問題が表面化、将来、微細化による素子性能の向上に限界が訪れることが懸念されており、従来の半導体とは異なる原理で動作するスイッチング材料が求められていた。
電荷の状態を表す概念図。(a)は半導体中における電子の挙動の概念図。(b)はMOS型トランジスタの概念図と、微細化に伴い表面化したさまざまな問題。(c)は電荷整列絶縁体の概念図。●は電子がいるサイト。○は電子がいないサイト。(d)は電荷整列絶縁体に外場を印加した時に、絶縁体の状態が壊れる概念図 |
遷移金属の酸化物の中には、半導体中の自由な電子とは対照的に、大量の電子が存在する上に、電子間の相関が強い物質(強相関電子物質)であるために、電子同士が反発し合い局在化した「電荷整列絶縁体」と呼ばれる絶縁体が多く存在している。このような電荷整列絶縁体では、半導体中では重要でなかった電子のスピンや軌道など、電荷以外の電子の持つ性質(自由度)が重要な役割を果たしている。そのため、それぞれの自由度に直接作用する外場、例えば電荷に対しては電場、スピンに対しては磁場、軌道に対しては光によって、局在している大量の電子を雪崩のように動かすことができる。
この時、絶縁体から金属への相転移が起こり、電気伝導度が数桁変化する巨大な外場応答が得られる。この現象を利用すると、既存の半導体デバイスでは実現できない新構造のトランジスタやスイッチング素子が作製できると考えられており、国際半導体技術ロードマップ(ITRS)でも、電荷整列絶縁体を含む強相関電子物質が重要テーマとして挙げられている。
ペロブスカイト構造を有するマンガン酸化物は、電荷整列絶縁体となる代表的な物質の1つで、磁場、電場、光といったさまざまな外場によって絶縁体から金属への相転移を起こすことが知られている。近年、数十nmの厚さでこの相転移を起こすことが可能な薄膜の作製法が確立されたが、この薄膜材料が示す相転移のミクロなメカニズムについては、適切な観察手法が無かったために、未解明のままとなっていた。今回研究グループでは、局所的な電子状態を調べることができる顕微鏡を用いて、このマンガン酸化物の薄膜における相転移のメカニズムの解明に取り組んだ。
研究グループは、薄膜の材料として、電荷整列絶縁体を示す代表的なマンガン酸化物「ネオジウムストロンチウムマンガン酸化物(Nd0.5Sr0.5MnO3)」を用いた。この薄膜を作製するために、同じペロブスカイト構造で、格子サイズがほぼ等しいチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)単結晶の基板を用意、同基板上に、高品質な酸化物薄膜の作製に実績のあるパルスレーザー堆積法を用いて、膜厚30nmのNd0.5Sr0.5MnO3の薄膜を作製した。
微小領域の伝導特性の観測には、米国スタンフォード大のグループが開発した走査型マイクロ波インピーダンス顕微鏡を活用。同顕微鏡は、試料の電気抵抗率をおよそ100nmの空間分解能で可視化することができるのが特長だ。同研究では、温度2K、9テスラの環境で観測ができるよう改良し、薄膜の相転移の様子を観察した。
作製したNd0.5Sr0.5MnO3の薄膜は、温度10K(-263℃)、磁場2.4テスラでは電気抵抗率が500Ωcmと高い絶縁体状態を示したが、磁場9テスラでは、抵抗率が0.2Ωcmと4桁ほど減少し、金属状態に変化した。この過程を顕微鏡で観察したところ、磁場が2.4テスラでは全体が一様に絶縁相だったものが、磁場が9テスラでは、基板の結晶方位に沿って100nm程度の幅を持つ細線状の金属相のネットワークを形成した。この結果から、絶縁体から金属への相転移は、絶縁体相中にできた細い金属相の伝導パスを通した電気伝導によって起きていることが判明した。
Nd0.5Sr0.5MnO3薄膜の抵抗率の磁場依存性と顕微鏡像。(a)は10Kにおける抵抗率の磁場依存性。(b)および(c)は2.4テスラと9テスラの磁場下におけるマイクロ波インピーダンス顕微鏡像(赤は絶縁体状態、黄色は金属状態を表す) |
この成果より、研究グループは、強相関電子物質を用いることで、イオンよりも高速に移動できる電子を利用した伝導パスの形成が可能であることを示唆できたとしている。
また、今回の成果によって、電荷整列絶縁体が示す外場誘起による金属への相転移に関する基礎的な理解が深まると考えられるとするほか、相転移の際に、電子を利用した細線状の伝導パスが形成されることを観測したため、より高速に動作する抵抗変化型メモリの材料として、強相関電子材料が有効であることを示すことができたとする。
同相転移は、電場だけでなくさまざまな外場により起こすことが可能で、新たなスイッチング素子の開発にもつながることが期待できるという。さらに、将来伝導パスの生成個所を制御することができるようになれば、素子サイズを金属相の細線の幅まで小さくすることが可能となり、素子密度の向上も期待できるようになると示唆している。