物言わぬペリカンが語る被害の大きさ
メキシコ湾にある英BPの石油採掘施設の爆発事故から間もなく2カ月が経過しようとしている。海底約1,500メートルから流れ出る原油の回収作業はここにきてやっと軌道に乗り始めたが、地元住民をはじめ、被害は人に自然に経済に……と広範囲に及んでいる。
4月20日に発生したこの事故では、BPの請け負い業者であるTransoceanの採掘施設「Deepwater Horizon」が爆発、11人の犠牲者を出した。採掘施設は沈没し、折れたパイプから原油が流出をはじめた。その量は最低でも2,200万ガロン、一部では3,600万ガロンともいわれており、米史上最悪の原油流出事故となった。その後も推定で1日1万2,000 - 1万9,000バレルが流出しているといわれており、いまだに事件の実態や規模がつかめないのが現状だ。流出した原油が流れ着いた砂浜、油にまみれて羽が茶色になった飛べないペリカンなどの映像が、事件の深刻さを物語っている。
流れ出す原油を食い止めるBPの対策は難航している。油井の掘削管にチューブをつないでの吸い上げ作戦、密度の濃い液体を流し込んでコンクリートで出口をふさぐトップキル作戦などが続けて失敗した後、BPは6月3日、ロボットを利用して流出する管を切り取り、その先にふたをする「トップハット戦略」が一定の効果を上げたと報告している。これにより、6,000バレル程度だった回収量は2倍近くの1万500バレル以上となり、流出阻止対策は大きく前進したようだ。
時価総額で5兆6,000億円以上の損失を被ったBP
米国政府は6月に入り、BPに対し、民事捜査に加え刑事捜査を開始している。
この事故がBPに与えた経済面での影響の一部をみてみよう。事件以来、BPの株価は下がっており、事故前には650ペンスを上回っていたのが6月に入り400ペンス付近を推移している。6月10日には、13年ぶりという最安値を付けた。消失した時価総額はなんと420億ポンド(約5兆6,000億円)以上。格付け会社の中にはBPの格下げを行うところも出てきた。BPは英国最大の企業であり、ロンドン証券取引所の株価指数FTSE 1000 Indexの6%を占める。同社株はほぼすべてのイギリスの年金基金に組み込まれていることから、英国人は無関心ではいられないだろう。
米国政府は除去作業などにかかった費用として6,900万ドル(約92億円)をBPに請求したことを明かした。BP側は6月6日時点で、この事件にすでに8億7,000万ポンド(約160億円)を費やしたとしている。
BPは米軍最大の石油/ガスのサプライヤであり、年間14億ポンド以上の売り上げを得ているというが、Barack Obama大統領はことあるごとにBPの対応のまずさに苛立ちを露にしている。今回の事件で米国との関係にヒビが入り、米国で事業禁止になるのではないか、と見る向きもある。
検索キーワードの買い取りも…イメージダウンに歯止めをかけたいBP
イメージダウンの影響は、はかりしれない。
BPの対応のまずさは、失敗続きだった流出阻止作戦だけではない。事故に関連した情報の公開が遅れ、沖合いはるか80kmの海底で何が起こっているのかがわからない状態が続いた。しびれを切らした米国政府はBPに対し、最新情報を毎日Webサイトで開示するよう命じた。現在、BPは自社Webサイト内に特設コーナーを設けて、最新情報を掲示している。
これに加え、BPのCEO、Tony Hayward氏の失言が自身を窮地に追いやった。Hayward氏は5月30日、地元住民に向けたおわびの言葉を述べると共に、「自分の生活を取り戻したい」と語ったが、この一言が、遺族や直接の影響を受けた住民の心情を察していないお金持ちの泣き言として反感を買ったのだ。Hayward氏はすぐに謝罪し、BPは損なった信頼やイメージを回復しようと新聞に一面広告を出すなどの後始末にも追われている。"Oil Spill"などのキーワードを買い取る検索エンジン対策も行っているようだ。
BPの企業イメージの悪化は数値から見て取れる。Washington Post-ABC Newsの調査によると、81%がBPの事後対策に否定的な意見を示しており、64%が米国政府はBPを刑事訴追すべきと回答したという。
お粗末すぎるBPのリスク管理、オバマ大統領への批判も噴出
BPは100年以上の歴史を誇る大手企業だ。Winston Churchill首相の息がかかった国営企業だったが、1987年に完全に民営化された。歴史ある大企業が引き起こした今回の惨事の背景からは、利益に目を取られるあまり、安全管理がおざなりになった様子が浮き上がってくる。
事故調査にあたっている下院のエネルギー・商業委員会によると、BP、Transocean、それにセメント作業を担当したHalliburtonの3社は、事故の前から採掘施設とシステムの危険性に気が付いておりながら作業を継続したことがわかった。噴出防止装置のバッテリー不備など安全システムに複数の欠陥があり、Halliburton側からは、セメント利用はベストプラクティスに反するという4月1日付けのメモ、BPに再度警告したにもかかわらず、BPはパイプ周りのセメントの品質テストを省略したという4月18日付けの記録などが公開されたという。さらには、採掘施設に支障があるにも関わらず管理当局側もゴーサインを出していたことが明らかになっている。
BP側が安全管理よりも作業を進めることを優先させたのは、Transoceanの装置リース料(推定1日50万ドル)が念頭にあったようだ。採掘作業は予定より40日以上遅れており、BPはすでに2,100万ドルの損失を出していた。これ以上の遅れは許されず、採掘作業を先に進めるよう現場のスタッフに指示した、ということのようだ。
作業はアウトソースできても、責任はアウトソースできない。現場から離れてしまうと、危機管理と安全管理の重要さも遠くなってしまったのだろうか。
管理当局側にも非はある。以前から旧体質と非難されていた内務省鉱山資源管理(MMS)は業界寄りで、安全管理の徹底という役割を完全に果たしていなかった。事故後、MMSの職員が企業から物品をもらっていたことなどが明らかになっている。これに加え、深海採掘など新技術やテクニックが急速に開発され、利用が急速に拡大した。これに規制側が追いついていなかったという分析もある。
米国政府は米国領域における石油流出に対する罰金を、最大7,500万ドルとしている。これは、膨大な売上を計上する石油企業にしては微々たるものであり(たとえばBPは、2009年に約140億ドルの利益を計上している)、結果として石油会社の安全に関するリスクレベルを低くしてしまうだろう。
今回の事件では、BPと米政府ともに事故を防ぐための安全対策、事故後の処理の両方で不備を指摘できるだろう。Obama大統領は、引責辞任を否定するBPのHayward氏について、TV番組で辞任すべきとする見解を示したり、BPが多額の広告費を投じている広報活動、BPが7月に付与するかどうかを決定する配当金についても、辛口のコメントを述べている。だが、Obama大統領のBPへの非難は責任の擦り付けだ、と見る人も多そうだ -- 先のWashington Post-ABC Newsの世論調査では、BPに対するよりも米政府の対応をネガティブとする方が多かった。また、政府の対応は2005年のハリケーンカトリーナよりも悪い、と多くの米国民が回答している。
当面はBPおよびTransoceanなどの契約先、政府ともに事後処理に追われることだろう。同時に、事件の調査と責任追及も進むだろう。これを機に、石油依存を見直そうという風潮が高まるかもしれない。