6月7日(台湾時間)、世界最大のコンポーネント製造/OEMメーカーであるHon Hai Precision Industry (鴻海精密工業)の株価が117.50台湾ドルと前日比5.6%下落し、約10ヶ月ぶりの低水準となった。Foxconn (富士康)のブランド名でビジネスを展開することが知られる同社だが、同時に近年では中国工場での従業員大量自殺が話題になっている。また中国で頻発する労働者の賃上げ運動の盛り上がりを受け、短期間での2度の賃上げに応じたことが今回の大幅株価下落につながった。いったい、世界の工場である台湾と中国の現場で何が起きているのだろうか?
Foxconnの一連の自殺事件で最初に大きく脚光を浴びたのは、2009年7月に新型iPhoneのプロトタイプ(現在でいう「iPhone 4」)を紛失した従業員がそれを苦に飛び降り自殺した事件だった。もともとは業務でのミスを苦にした自殺だとみられていたこの事件だが、その友人らの証言から、背後で厳しい取り調べが繰り返し行われており、それが自殺の引き金になったと言われるようになった。こうした台湾企業の中国工場でのものものしい雰囲気は、英Reutersの現地レポートがその一端を語っている。このように周囲の目が厳しくなり、OEM委託メーカーでも監査体制を強化しており、自殺問題の当事者となったAppleも最新のレポートで違反件数を報告している。
同レポートでは違反件数を全体の2%としているが、実際には未成年就労や劣悪な労働環境問題を含め、データに出ない潜在的な問題が大量に鬱積している可能性が指摘されている。その典型が米NGOが告発したMicrosoftの委託先工場での労働問題で、ここでは未成年就労の常態化や超過労働体制の跋扈など、さまざまな違反や問題が垣間見られる。過酷な環境は労働基準違反の報告後も続いている可能性があり、前述のプロトタイプ紛失事件で自殺した従業員の働いていたFoxconnの中国深セン工場では、自殺が相次いでいる。例えばWall Street Journalの5月21日の報道で、中国時間の同21日と14日に2人の従業員がビルから飛び降り自殺したことを報告しているが、その衝撃の収まらぬ翌火曜日にはまた同工場での飛び降り自殺が報告している。これで同工場での2010年に入ってからの自殺件数は10件を超過しており、事態を問題視したFoxconnやAppleなどの関係企業はすでに調査を開始したという。
こうした労働問題は飛び降り自殺の件に限らず、別の形で中国全土に拡大している。最も典型的なのが賃金問題で、発端となったのはホンダの中国工場における賃金格差の話題だ。それによれば、中国の現地労働者と日本からの駐在社員の給料格差は最大50倍に達するとの報告を受け、現地工場の従業員が5月中旬から一斉に賃上げストに突入する事態に陥っている。もっとも、駐在の上位技官と末端労働者の賃金を一律比較するのも暴力的な話だが、こうした格差の存在は中国を世界の工場たらしめている労働者の置かれている立場を端的に示すものだ。このストは現在も断続的に続いており、ホンダの系列部品メーカーや韓国の現代自動車など、他の外資系メーカーにも飛び火しつつあり、現在の中国工場における最大の懸案事項となっている。
これは前述のFoxconnの件でも例外ではなく、親会社のHon Hai Precisionは5月末に中国労働者の賃金を一律20%引き上げる旨の確約をとったが、それからわずか数日後には再び30%の賃金引き上げで了承している。Hon Hai Precisionはこの賃金引き上げを一連の自殺争議とは別の施策だと説明しており、同時に短期的には会社の業績にマイナスだが、長期的にはプラスの効果を生み出すと説明している。これが冒頭で説明した株価大幅下落の内幕だ。また前述ホンダも24%の賃金引き上げに応じたとの報道がなされており、過熱するストの沈静化に力を注いでいる。
一連の事件や出来事が示すのは、中国の世界の工場としての役割が転換点を迎えつつあることだ。圧倒的に安い賃金と整備されたインフラを軸に、急速に世界の工場としての存在感を高めつつあった中国だが、労働問題がたびたびクローズアップされ、賃上げストの頻発がこうした環境を変化させつつある。労働条件が他の先進国に並びつつあるなか、中国は現在の工場としての地位を今後も保ち続けられるのだろうか。Hon Hai Precisionやホンダの例は、そうした試金石となるだろう。