リーマンショック以来、「いつになったら景気が回復されるのか」という議論が持たれる一方、「これまでのビジネスモデルでは以前のような経済成長は期待できない」という新たな考え方も出てきている。
今、物心ついた時からインターネットに親しんできた「デジタル世代」が社会人として現れ始めた。彼らは新たな価値観を持っており、なかには彼らの能力をどう生かすべきか戸惑っている企業もあるという。
今回、多摩大学大学院教授・紺野登氏による「デジタルネイティブの新世代とどう向き合うか」というテーマの講演を聴く機会を得た。同氏は「デジタルネイティブこそ、企業にイノベーションをもたらす人財」という。
以下、同氏の講演から、企業はどのようにしてデジタルネイティブの能力を引き出し、イノベーションを起こすべきかについて考えてみたい。
元気な社員が元気な会社を創るための3つのキーワード
紺野氏の講演に先立ち、同フォーラムを主催する富士通ラーニングメディアの代表取締役社長を務める岡田恭彦氏が挨拶を行った。
同氏は、今回のテーマ「デジタルネイティブの新世代とどう向き合うか」について、「企業経営の将来を暗示する重要な内容と考えて取り上げた」と述べた。
高度成長期は「頑張り」「ガマン」「気合い」という精神論の下、質が良くて安いものを提供すればビジネスが成功した。しかし、成長しない経済期にある今は「ニーズをつかむ」「人を感動させる」ことがなければビジネスがうまくいかず、その際、「ナレッジ」「創造力」「元気」が必要となり、元気を獲得するためのカギとして世代に関心が高まっているという。
「『元気な社員が元気な会社を創るためのキーワード』は3つある。基本はナレッジだ。ナレッジは暗黙知だけでは不十分であり、『実践的知恵(フロネシス)』でなくてはならない。2番目のキーワードは「オフィスや学ぶ環境」で、3番目が今日のテーマである『デジタルネイティブの新世代とどう向き合うか』となる。新人研修の件で顧客と話すと、『草食系』と呼ばれるこの世代に戸惑いを持たれているようでもあるが、元気な社員が元気な会社を創る時に肉食系に回帰するだけでは不十分だ。日本企業は、デジタルネイティブと向き合うことで、もっと元気になって競争力を復活できると思う」
イノベーションエコノミーで求められている人財
続いて、紺野氏が講演を行った。同氏は、「1980年代、1990年代の経済は安定しており、コストとコントロールがキーワードとなる『品質経営企業』が成長を遂げた。これに対し、2000年から現在にかけての経済は不確実性が増大しており、これまでのように成長できるとは限らない。Appleのような創造性とネットワークをキーワードとする『創造経営企業』が伸びていく」と説明した。
創造経営、つまりイノベーションエコノミーを牽引する要素として、経営学者であるピーター・ドラッカーの提言を例に、「知識労働者(ナレッジワーカー)」が挙げられた。ドラッカーは、「先進国が競争力を維持する唯一の道はITにも専門業務にもすぐれている『テクノロジスト』の教育訓練」と主張しているという。
そして同氏は、国内の就業者数が増加している職業に関する調査を例にとり、「就労人口が減少するなか、一般事務員は増えておらずテクノロジストは増加しており、日本でもテクノロジスト化が進んでいる」と述べた。
デジタルネイティブはテクノロジスト予備軍
デジタルネイティブは日本に限った話ではなく、米国では「ジェネレーションY」、中国では「バーリンホウ」などと呼ばれているという。彼の共通点は、会社でPCやインターネットを覚えるのではなく、物心ついた時からそれらに触れ合っていることだ。
つまり、わざわざITを覚えなくても使いこなせるというわけである。ITに長けた彼らに専門業務を覚えさせれば、テクノロジストとして育てることが可能だ。同氏は「彼らこそ、テクノロジストの予備軍と思っている」と話した。
そんな彼らの特徴として、「リアルとバーチャルの垣根がないこと」が挙げられた。「彼らは、インターネットを介して不特定多数の人間が公共の場に突如集合し、目的を達成すると即座に解散する『Flash Mobs』という行為を行うことがある」
同氏はこんなFlash Mobsも、企業でのイノベーションに活用できるのではないかと提言する。
現在、彼らは企業の人口構成において逆ピラミッドの下層部におり、いわば「先輩が重たい状況にある」という。したがって、「これまでのツールで彼らを縛るのではなく、彼らのルールで能力を引き出すことが必要なのではないか」(紺野氏)という。
デジタルネイティブの可能性を引き出すには?
そして同氏は、「企業において、トップがイノベーションを起こせと言っても起きない。イノベーションは社会的な問題・発見から生まれる。若い世代や高学歴者ほど、特にデジタルネイティブは社会的な意識が高い」と説明した。
その例として、デジタル世代が評価を行う際に「社会に役立っているかどうか」が指標となっていることが紹介された。
同氏は、デジタルネイティブの可能性を引き出し、イノベーションを起こさせるための策として、「生来のネットワーク力の活用」「20代のアイデアを引き出す対話場作り」「イノベーションのための高い基準の維持」を挙げた。
生来のネットワーク力の活用の具体策としては、eラーニング/テレプレゼンス/プロジェクトベース組織といった、リアル&バーチャルの垣根のないワークスタイルがある。
20代のアイデアを引き出す対話場作りについては、「28歳が最もよいアイデアを持っている。にもかかわらず、日本ではこの世代に大きな仕事をさせない」と同氏。28歳という年齢は責任がないからこそ創造的なアイデアを出すことができ、彼らが委縮せずにアイデアを披露できるような場を企業で設けるべきだそうだ。
最後の「イノベーションのための高い基準の維持」については、「コーチング」が不可欠だという。コーチングとは、「経営理念とその社会意義の確認」「組織文化から学習し歴史に学ぶこと」「新たな変化への対応の実践/メンタリングによって示す」ことを意味する。
これを実践するには、「人事のCCO(Chief Culture Officer機能が重要」と同氏。GoogleにはCOOという職位が設けられているそうだ。
同氏は「日常の行動の中にイノベーションのための実践『フロネシス』をいかに埋め込んでいくかがこれからの課題であり、新しい世代を育成していくことが企業の突破口となる」と述べて、講演を締めくくった。
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紺野氏は冒頭に、「そのうちわれわれが古い人間と言われ、彼ら(デジタルネイティブ)の常識が常識となる時代がやってくる」と話した。今は多数派の世代もそのうち少数派になり、デジタルネイティブが主流となる時代がやってくる。
変化する社会において、その特性をつかんで新たな策を打ち出していかなければ、企業は競争を勝ち抜くことはできないだろう。そのための材料の1つが人財であり、デジタルネイティブの育成なのかもしれない。