KDDIが展開する携帯ブランド「iida」。発売から約1年が経過し、デザイン携帯=「au」のイメージも浸透しつつある。そのイメージ付けに大きな役割を果たしたのが、キャンペーンサイト「iida calling」の存在だ。電話をかけると自分の声とメロディが混ざり着うたが完成するという斬新なアイデアで、2009年のカンヌ国際広告祭ではブロンズを受賞。国内外で高い評価を受けている。このサイトがどのよう制作されたのか、また現在展開されている「iida calling ver. 3」の裏側について、企画・ディレクションを担当するクリエイティブディレクター・田中耕一郎氏にお話を伺った。

戦略から表現を考える

クリエイティブディレクター・田中耕一郎

元々、キャンペーン全体のクリエイティブを統括する、ground・高松聡氏の依頼で参加したという田中氏。高松氏との仕事は一般的なキャンペーンサイトの進め方とは異なるため、仕事がしやすいと語る。

田中耕一郎(以下、田中)「クリエイティブディレクターには"表現を規定する方"と"戦略を規定する方"がいるのですが、高松さんは後者。まず『この戦略なら勝ち目が出るんじゃないか』というキャンペーン構造や戦略を示しながら、私のようなインタラクティブ領域のディレクターと、戦略にフィットした表現やコミュニケーションのアイデアを考えていくわけです。大きくいうと、『デザイン重視で携帯を買う層に他の携帯と完璧に差別化したイメージを定着させたい。でも、プロダクト自体を訴求するだけが方法ではないので、"ライフスタイルブランド"というiidaのコンセプトを活かした、コミュニケーション方法で差別化したい』という課題設定がありました。また、キーワードとして"音楽"と"ウェブ"がありました。そして、プロダクト自体がよく見える情報環境や空気感を作るためには、音楽センスがすごく大事だろうと。それから、プロダクトに興味がある人達だけではなく、情報感度の高いユーザーにリーチするには、"ウェブ"で話題になる切り口がマストになる。そのような考え方で、高松さんやスタッフとアイデアを探っていきました」

そして、たどり着いたのが、『電話して音声を吹き込むだけで、ユーザーボイスをリミックスした着うたがつくれる』というiida callingのアイデアだった。

田中「iidaのターゲット層は、携帯を機能よりデザインやセンスで評価するわけですから、音楽やウェブの使い方も、なるべくシンプルにすることによって、見た後に、なにかしらのiida的な新しいセンスが残るべきだろうと。そこで、携帯の最も基本的な『電話をかける』という行為を通じて、ユーザーのボイスをリミックスした着うたができる、というアイデアを考えました。それを新しい音楽サービスとしてiidaがリリースする。さらに、ウェブサイトやブログパーツで展開できればウェブ上で広げることも可能ですし、着うた同士も繋がってひとつの楽曲になれば、"iida的なセンス"をみんなで共有できるプラットフォームにもなるんです。この全体のコミュニケーション構造が想像できた時、これはイケるかもしれないと思いましたね」

田中氏の作るものには、人々の五感に訴えかけ、プリミティブな感動を引き出す仕掛けが隠されている。どんなサイトにもキャンペーンを越えた楽しさが感じられるのは、そんな理由からなのだろう。

田中流"インタラクティブコミュニケーションの作り方"

田中「私がインタラクティブなコミュニケーションを考える時の基本スタンスとして、ブランドや商品の本質や伝えたいことを、一度ユーザーの興味に翻訳するんです。まずはアクセスしてもらわなければいけないので、どうすれば彼らの興味を惹いたり好きになれるものに翻訳できるかを考えます。そこがうまくいけば広がるし、必ずブランドや商品に戻ってくるはずですから」

今回の翻訳ポイントは音楽。その重要な役割を担ったアーティストは、テイ・トウワ、中田ヤスタカ、□□□(クチロロ)といった、コアな音楽好きの心をくすぐるラインナップだ。田中氏曰く、この人選には著名性よりも重要視した要素があったという。

田中「たとえば、□□□でいうと、ポップなセンスがありつつ、活動全体を通じて、音楽の新しい作法や文脈を作っており、それが同時代的というか、今っぽいわけですよね。音楽は言語化できないですが、すごくポピュラリティのあるものだし、広く共有できるものだと思うんです。だから『あれはiidaの音楽だ』とわかる感覚は、広告的にとても良いことだと考えたんです。一方で、音楽の新しい文脈を作りたいと思っているアーティストにとっても、ユーザーの声や言葉という変数を曲に溶かし込むというiida callingのシステムは、音楽の方法として新しいことなので、面白いはずなんです。だから、これは今の広告と今の音楽を翻訳する作業なんだと思います」

iida calling ver. 3の新展開

田中氏に意図や狙いを聞くと思わず納得する。そして今回の人選で興味深いのは、□□□が他2組とはジャンルもスタイルも異なること。キャンペーン的にも新たな展開が隠されていたのではないか。

田中「確かに、Ver.3はこれまでの文脈とは少し変わってきてます。Ver.1は、電話をかけたユーザーの声が着うたになりました。だから、ユーザーの声質が音楽のトーンを決定する上でキーになりました。進め方としては、テイ・トウワさんのCM楽曲を元に、ボイス部分をリミックスするような形で使っています。しかしここで課題になったのが、声を吹き込むことのハードルと、ユーザーの声の音質をベースにするという音楽の条件でした。そこで、 Ver.2では、メッセージを入れると着うたができるようにしました。入力された情報は、テキストなので、どういう質感のボイスに変換するかが音楽の聴こえ方を決めるポイントになります。そのときに、中田ヤスタカさんのプロデュースするPerfumeのロボットボイスのような声質がスタッフの中で共通のトーンとして意識できたんですね。自分の言葉があのボイストーンになると思うと何か妄想が働きませんか? さらに、今回(Ver.3)では、着うたにするだけでなく、iida callingを音楽プラットフォームサービスとしてウェブに広げたいという目標が強くなったんです。そんな時に出会ったのが□□□でした」

後編では、さらに田中氏がどのような想いを込め、「iida calling」を制作していったのかを紹介していく。

田中耕一郎

Projector代表・クリエイティブディレクター。1973年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、広告制作会社TYOを経て、2004年にProjectorを設立。日産ウェブシネマ「TRUNK」、NIKEケータイフットボール 「蹴メ」、ダンスミュージック時計「UNIQLOCK」、ケータイミュージックジェネレーター「iida calling」など、数々のインタラクティブ広告キャンペーンを手掛ける。Projectorとしては、設立から4年間で、世界3大広告祭(カンヌ広告祭、NYワンショウ、クリオ賞)全てにおいてグランプリを獲得するなど、50以上の広告賞を受賞。また、2008年のカンヌ広告祭にて、インタラクティブエージェンシー世界ランキングで3位を獲得する。2009年カンヌ広告祭審査員、NYADC会員

インタビュー撮影:岩松喜平