シャープ 代表取締役社長 片山幹雄氏

2,000億円の経費削減と"地産地消型"ビジネスモデルの導入 - 昨年4月、金融不況の影響がどの企業にも色濃く影を落としていた時期、シャープの片山幹雄社長は大幅に下方修正した2009年3月通期の決算数値を提示しながらも、淡々と「外部の経済環境に左右されない収益構造を作る」と宣言、冒頭に挙げた目標を掲げ、新たな体制作りを開始した。それから1年、同社の構造改革は着実に奏効したようだ。5月18日、シャープは2010年度 経営戦略説明会を開催、2009年度の取り組みの成果と今後の中期ビジョンについて片山社長みずからが説明を行った。

まず2009年度の取り組みの成果として、緊急業績改善対策として掲げた「総経費2,000億円削減」については、変動費1,166億円、固定費972億円、合計2,138億円の削減を行い、目標を上回る数値を達成した。また、「新たなビジネスモデルの導入」として消費地でのバリューチェーン確立および現地有力企業とのアライアンスという"地産地消型"ビジネスモデルを推進、結果、2009年8月には中国での液晶パネル生産プロジェクトの受注にこぎつけ、2010年1月にはイタリアでの薄膜太陽電池の生産事業および太陽光発電事業に関する合弁契約を締結している。昨年掲げた目標値はとりあえずクリアしたと見てよさそうだ。

同社の主要部門における事業もおおむね順調な成果を上げている。とくに2009年10月に稼働を開始した"21世紀型コンビナート"と言われる堺工場では、第10世代の液晶マザーガラスを月間3万6,000枚生産しているが、「亀山第2工場(第8世代)をフル稼働させているにもかかわらず、液晶パネル需要に生産が追いつかない状態が続いている」(片山社長)という。また、同じ堺にある太陽電池工場も2010年3月から稼働を開始、4月から出荷を開始している。

2009年度におけるシャープの主要部門事業の成果

液晶 堺工場稼働開始(3万6,000枚/月)、「UV2A技術」「4原色技術(赤/青/緑に黄色をプラス)」の開発
太陽電池 堺の太陽電池工場稼働開始
携帯電話 高画質CCDカメラやソーラーパネル搭載商品の市場投入による国内シェアアップ、中国向け携帯電話のラインナップ拡充
健康・環境機器 プラズマクラスタ技術搭載商品の販売増による利益大幅改善、LED照明のラインナップ拡充

回復基調に業績を戻すことはできたが、今後、この勢いを続けていくためにシャープは中長期に渡ってどういう戦略を採ろうとしているのか。片山社長は「従来の延長線上のビジネスモデル、すなわち先進国(G7)中心の意思決定を基準としていては、もやはやっていけない。新興国では年収1万ドル世帯のマーケットに合ったコスト革新を行い、現地での人材登用/部材調達を積極的に推進する。また、先進国マーケットでは多様化するニーズに応じたトータルソリューションを提案する必要がある。デジタルサイネージなどはまさにその一例だ」と語る。かつ、"エコ・ポジティブ・カンパニー"を目指すシャープには「"環境への貢献"と"新しいエレクトロニクス社会の実現"の両立が求められる」(片山社長)ため、新興国をも巻き込んで太陽光発電などを中心とする再生可能エネルギー社会、すなわち低炭素化社会への移行を推進する義務がある。

先進国であればトータルソリューションの提案を、新興国であればバリューに見合ったコストを - これがシャープの掲げる事業の方向性だ

つまり、地産地消をさらに進めた地域ごとのニーズ対応と環境への配慮 - この2点がシャープの中長期経営戦略のカギとなると見ていいだろう。そしてこの2つを支える同社の最重要事業が液晶と太陽電池ということになる。

液晶に関しては、高精細、タッチパネル、3D液晶などへの世界的な需要に加え、LEDテレビや3Dテレビなどに対する新技術搭載テレビの需要が新興国を含めて非常に強く、それに伴い「新技術にふさわしい高性能パネルの需要が高まっている」(片山社長)状態にある。この需要に追いつくため、亀山第2工場は2009年10月から第8世代マザーガラスを月間10万枚生産というフル稼働状態が続いており、また堺工場ではこの5月より第10世代マザーガラスの月間生産枚数を5万5,000枚に引き上げ、7月にはさらに月間7万2,000枚にする予定だ。シャープの「クアトロン」は同社のUV2A技術と4原色技術を搭載した、省エネと高画質を両立する高性能パネル。「通常のディスプレイでは表示できない色を表示したい」という需要に押され、このクアトロンを搭載したAQUOSは2010年中にはすでに発売中の米国、欧州に続き、日本でも夏ごろには発売、その後中国や新興国でも展開する予定だ。

シャープが誇るディスプレイの革新技術「クアトロン」は、世界初の光配向技術を採用したUV2Aと、3色の映像信号を4色に変換する4原色技術(RGBY4原色)で、高輝度、高コントラスト、高色再現性を実現する

太陽電池については、今後、用途別需要においてメガソーラー発電などの"平地設置"が大幅に伸長するとシャープは見ており、それに伴って薄膜太陽電池が「2012年には世界総需要の3割を占めるようになる」(片山社長)と予測している。ここにおいてのシャープの強みは「技術力、コスト力、そして50年にわたって培ってきた信頼性」と片山社長は語り、太陽電池メーカーとして必須のこの条件を備えている企業は世界にほとんどないと断言する。「3月に堺で太陽電池工場が稼動し、薄膜太陽電池を堺から世界に届けられるときがきた」(片山社長)

ようやくシャープが世界に打って出るチャンスがきた - 片山社長は説明会の終盤、こう口にした。LEDなど、「手をつけながら途中で放った状態になってしまった事業」がいま、まさにグローバルに展開しようとしている。また、日本では未発売だが、米Microsoftと共同開発したスマートフォン「KIN」は欧米のSNS世代ユーザを中心に独自のシェアを築いている。地産地消とは新興国に限ったビジネスモデルではないことを示す良い例といえる。

だが、最悪の時期を乗り越えたとはいえ、ギリシャ通貨危機に端を発する欧州の経済環境悪化など、企業を取り巻く世界情勢はつねに予断を許さない。片山社長がこの1年、さまざまな手を尽くして作り上げた「外部に左右されない収益構造」は果たして本物なのか。2010年度はその正念場を迎えるときになる。