これからのWebブラウザに期待するもの
Web 2.0 Expoで「これからの5年間のWebブラウザに何を期待するか」というパネルセッションが行われた。パネラーは以下の錚々たる顔ぶれ。
- Douglas Crockford氏 : State SoftwareのCTO時代にJSONを見出した。現Yahoo!アーキテクト
- Brendan Eich氏 : JavaScript の生みの親として知られるMozillaのCTO
- Charles McCathieNevile氏 : Operaのチーフスタンダードオフィサー
- Alex Russell氏 : Dojo Toolkitチームを率いるGoogleのソフトウエアエンジニア
- Giorgio Sardo氏 : MicrosoftのWebテクニカルエバンゲリスト
モデレータはAjaxian.comの共同創設者Dion Almaer氏(Palm)とBen Galbraith氏(Palm)だった。
"ブラウザの将来"を語るパネルセッションで、今回の主役はMicrosoftだった。3月にMIX 10でInternet Explorer(IE) 9の概要を説明し、Web標準およびHTML5技術をサポートする姿勢を強く打ち出した。これでメジャーなWebブラウザプロバイダがすべてHTML5サポートで歩調を合わせることになる。
GoogleのRussell氏は「IE9には期待している。すぐにでもリリースして欲しいぐらいだ」と大歓迎。IE9のハードウエアアクセラレーションによるSVGサポートやレンダリングを例に挙げ、「われわれは全てのブラウザが、ユーザーの求める未来を見据えて欲しいと願っている。そのための競争はすばらしいものになるだろう……2001年当時、IE6はファンタスティックな存在だった。問題は、そこで進化が止まってしまい、同時にわれわれもその世代で身動きが取れなくなっていたことだ」と語った。
IE6問題に関連して、数週間前にFacebookのJoe Hewitt氏が公開したコメントがパネラーの間で話題になった。
これはAppleのSteve Jobs氏がiPhone OSでFlash技術をサポートしない理由を説明する「Thoughts on Flash」を公開した直後に、HTML5とFlashの論争の中でHewitt氏がツイートした意見だ。同氏はNetscapeからFirefox、FacebookとWeb業界の一線を歩んできた人物だ。FacebookのiPhoneアプリで高く評価されたが、iPhone SDKの制約に嫌気が差してiPhoneアプリの開発から退いたことが昨年末に話題になった。そのHewitt氏がAppleの姿勢やFlashを批判するのはお門違いだとしたのだ。批判すべきは貧しいWeb標準をいつまでもアップグレードせず、Webコミュニティをけん引できなかったW3Cだという。10年前を振り返るとIE4からIE6への間にMicrosoftは革新的な技術をIEに盛り込み続け、ネットの成長に貢献した。だが、その支配が批判の的になったことでMicrosoftはIEの進化を止めてしまった。その後W3CがMicrosoftのようなけん引車の役割を引き継げず、Webのイノベーションを喚起できなかったのが、Webの進化を停滞させたと指摘した。
Dojo Toolkitチームを率い、プラグイン開発も手がけてきたRussell氏はHewitt氏の心境に共感を覚えるとし、「プラグインは(IE6以降の)立ち往生からの抜け道の1つだったが、長期的なソリューションとは思えなかった」と語った。ただ過去数年のWebKit開発者の成果などを例に、Hewitt氏ほどWebの現状に悲観的ではないとつけ加えた。
Crockford氏も「2000年ごろのWebは、Hypercardが役目を終了たのとまるで同じように、Microsoftをはじめとする多くに"終わったもの"と見なされた」と振り返った。「2005年にAJAXでWebはふたたび進み始め、ブラウザはアプリを配信する最も重要なシステムの座を得たが、残念ながらそれは1999年当時の標準技術を工夫したもので、W3CがWeb標準の先導役という役割を果たした結果ではなかった」と語った。
今日でもIE6が通用するのは「(W3Cの怠慢にもかかわらず) 開発者がすばらしい仕事をしてきたからだ」とCrockford氏。しかし、その結果「今でも世界の多くの地域で5年前と同様にIE6が使われている(シェア40~60%の地域があるという)」と指摘した。Webが前進するためには、まず停滞の原因であるIE6の問題を解決する必要がある。そこで同氏は、世界中のWebサイト開発者が団結してIE6を撲滅する日を設けてはどうかと提案した。レガシーなブラウザでWebサイトにアクセスしたら、モダンブラウザの選択肢を具体的に示し、いずれかへのアップグレードを促すメッセージを表示する。同じ日に一斉に、全員でやる。決行日の候補として「すべてのメジャーなモダンブラウザがECMAScript 5を完全に実装してから30日後でどうだろう? その日がIE6に別れを告げる日になる」と提案した。これにはEich氏などがActiveXを用いた企業のカスタムアプリなどを例に「混乱が起こる」と苦笑いだったが、IE9を含むモダンブラウザへの流れを確実にするための取り組みの必要性は全員の意見が一致するところだ。
MicrosoftはIE9をWindows XPユーザーにも提供すべき
中国でIE6のシェアが高いのは海賊版の横行が原因ではないかという指摘も出てきたが、MicrosoftのSardo氏によるとライセンスのないコピーでもIEはアップデート可能である。IE6問題に対するMicrosotのアプローチは世代の総入れ替えだ。IE9はハードウエアアクセラレーションを特徴とするように最新のOSとハードウエアの組み合わせを想定して設計されており、Windows XP向けには提供されない。PCの買い換えが進めば自然にIE6は衰退していくとSardo氏は語った。
だが、こうしたMicrosoftの対応には、Mozilla、Google、Operaが一斉に難色を示した。これらはハードウエアアクセラレーションを取り入れながら、かつWindows XPのサポートも継続する考えだ。Windows XP時代のPCを使い続けているユーザーは多く、こうしたPCをモダンブラウザがサポートしなければ、ユーザーはレガシーなブラウザにとどまってしまうというわけだ。パネラーの中では、IE9もWindows XPをサポートするべきという意見が大勢だった。
MicrosoftのIE9への移行により、IE6で止まったWebの進化の時間がふたたび動き始めるという期待が高まっている。だが、まだ進み始めたばかりである。Hewitt氏のコメントに議論は戻ってしまうが、Webをふたたび立ち往生させないためには、前進の舵取り役となるW3Cを働かせなければならない。「標準化で重要なのは、よりよい標準を記述し、そして後方互換の問題も処理することだ。HTML5では、Webを転覆させてスタートし直すようなことは、もうしたくない」とMcCathieNevile氏。もし、また停滞に陥るようなことになれば、Web本来のイノベーションの場が失われる可能性もある。Crockford氏はiPhone OSプラットフォームがライバルを圧倒しているモバイルの現状を例に「Webが適切なタイミングで十分に革新的でなければ、プロプリエタリなアプリケーションプラットフォームが勝者として君臨し、Webはプロプリエタリなプラットフォームの後塵を拝することになる。(Webの)オープンネスが失われる危険性を強く感じている」と述べた。