Tim O'Reilly氏による、Web 2.0 Expoのキーノートのタイトルは「インターネット・オペレーティングシステム(OS)の現状」だった。インターネットのプラットフォーム化を"Web 2.0"という言葉で広めた同氏は、これまでにも何度かインターネットOSに触れてきたが、今回改めて主題に据えて、その主導権をめぐる争いの現状を語った。後半には、Apple、Google、Microsoft、Facebookなどの長所・短所を具体的に指摘。現時点でのインターネットOSのフロントランナーとして同氏が挙げた企業はというと……(答えは最後に)。

改めて「インターネットOS」を取り上げたTim O'Reilly氏

Googleに強まる邪悪な影

パソコンのOSに照らし合わせて考えれば、AmazonのWeb Services、Google App Engine、MicrosoftのAzureなどWebサービスの基本インフラがインターネットOSになる。だが、それがすべてではない。クラウド・インフラのみに囚われすぎると、かつてDOSにこだわり、アプリケーションレベルで構築されたGUIの価値を見いだせずに失敗したLotusの二の舞になるという。GUIが快適な利用体験をユーザーにもたらし、引いてはアプリケーションの幅を広げたように、インターネットOSにおいてもデバイスコンポーネントやOS機能ではないデータサブシステムが高次抽象化層へとアプリ開発者を呼び込む。例えばiPhone OSにCore Locationフレームワークが用意されていることで、iPhoneアプリ開発者は携帯の位置情報を用いたアプリを簡単に作成できる。

こうしたデータリッチなアプリを実現する上で、今日のインターネットOSが包含する新たなサブシステムとして同氏は以下を挙げた。

  • 検索
  • メデイア・アクセス
  • コミュニケーション
  • アイデンティティとソーシャルグラフ
  • 支払い機能
  • 広告
  • 位置情報
  • アクティビティ配信
  • 時間
  • 画像およびスピーチ認識
  • 政府データ

パソコンにオープンなOSとクローズドなOSがあり、またそれぞれが特色を出してユーザー獲得に努めているように、インターネットOSでもプレイヤー同士の激しい競争が展開している。AppleのiPhone OS SDKにおける制約や、iPhone OSでFlashテクノロジを採用しない方針も、その例だという。Googleも、例えばGoogle Mapsやローカル検索において「Places」を強化している。あるピザ屋を検索したときに、結果から直接ピザ屋のウエブページに行くのではなく、先にGoogleがピザ屋に関する各種情報をアグリゲートしたページが開く。ユーザーが情報に効率的にアクセスできる仕組みとも言えるが、開発者やウエブサイト提供者にとってはGoogleから自分たちのサイトにユーザーが訪れるまでのステップが増えてしまうし、ユーザーがPlaceぺージで満足して自分たちのサイトを訪れない可能性もある。ウォールストリートの投資銀行が顧客のトレードを仲介する立場から、自分たちのアカウントで顧客を相手に売買し始めたように、最近のGoogleには顧客の領域に踏み込むような行為が目立ち始めていると指摘した。

こうしたインターネットOSをめぐって様々な囲い込みが見られる状況をO'Reilly氏は「コントロールの戦い」と表現していた。

企業別の評価では最初にAppleを取り上げた。フロントエンド・デバイス、メディアサブシステム(音楽、ビデオ、本)が優秀で、開発者に収益をもたらす仕組みをきっちりと提供している。またWebのライバルとなり得るプラットフォームとして、アプリのエコシステムを確立した功績も評価した。一方で弱点はデータサブシステムの重要性を全く理解していないこと。MobileMeを年間99ドルで有料提供しているのは利用者を遠ざけるだけで、まったくメリットがないと指摘。データサブシステムは、次世代のアプリを生み出す基盤になるだけに、この分野で出遅れている影響がじわじわと出てくると見る。Microsoft/ Facebookとの提携が実現すれば、最強のプラットフォームが構築されるとしたが、それが非現時的に思えるところもAppleの欠点である。

インターネットOSの各プレイヤーが提供する機能セット。オープンなWebの維持という観点では「Other」が充実している状況が望ましい

GoogleはインターネットOS時代において未来を見据えて、積極的に未来のための投資を行い、また検索、広告、マップ、スピーチ認識、画像認識、自動翻訳、各種コミュケーション、支払い機能など、あらゆるデータサブシステムを完備したプレイヤーである。ただしシェアの獲得に躊躇がなく、実際に順調な成長している裏返しで、近年は反トラストの標的となっているのが深刻な問題となっている。またAppleのような、すばらしい利用体験の提供にこだわるタイプの企業ではない。

PC時代を制したMicrosoftは、その資産を基にGoogle同様の充実したデータサブシステムを用意している。しかしデータサブシステムのあらゆる面においてGoogleに次ぐ2位の位置から抜けだせず、またWindows PCとネットの両立にこだわり続けているように、過去に成功したビジネスからの"戦略税"が重荷になっている。

Facebookはソーシャルグラフのみに強い。それは欠点でもあるが、同社のビジョンはインターネット規模におよび、また莫大な収集データと、それらを活用する適切な戦略、充実した開発者サポートでソーシャルグラフを極めている。「狐はたくさんのことを知っているが、ハリねずみは大きなことを一つだけ知っている」というギリシアの詩人Archilochusの詩で評価した。

OSである以上、もっとも問われるのはユーザーの体験だ。Web 2.0という言葉をつくり出した人物らしく、インターネットOSが成功する条件として「キャプチャしたものよりも大きな価値の創造 (Create more value than you capture)」を挙げた。その意味で、インターネットOSの提供者として現在もっと正しい道を歩んでいるのは「Facebook」だという。同社は最初のプラットフォームではデータを収集するのみで、この条件に最もそぐわない企業だった。それが一転、Facebookのソーシャルグラフを他のサイトにも解放し、今年4月にはオープングラフ戦略を打ち出した。ユーザー、開発者、他のWebサイトやWebサービスにとって有用なサービスになることで自身も繁栄する。Webにおける成長のカギとなる"共存共栄"を実践している。