理化学研究所(理研)の理研基幹研究所 巨視的量子コヒーレンス研究チームとNEC量子計算チームは、巨大な人工原子となる超伝導量子ビットと、マイクロ波が通過する伝送線(導波路)を強く結合させて、固体電子素子上で新たな量子光学デバイスを実現したことを明らかにした。
研究グループでは、超伝導回路で構成した直径約1μmの巨大な1つの人工原子を、マイクロ波の伝送線に直接結合させた固体電子素子を準備。人工原子には、Al薄膜を用いてジョセフソン接合回路で構成する超伝導磁束量子ビットを、伝送線には、直径20μm程度のAu薄膜製のコプレナー型導波路を使用した。
超伝導人工原子を用いた新規量子光学デバイス。超伝導磁束量子ビット(赤矢印)をコプレナー型導波路(Au薄膜でできている黄色部分)中に設置している。量子ビットである人工原子(拡大図)はAl薄膜で構成しており、超伝導ループにジョセフソン接合を4つ挿入している。矢印はこの人工原子の自由度である超伝道ループを貫く磁束の状態を模式的に示している |
この人工原子を、温度20mKの環境下に置きマイクロ波を照射すると、自然原子(点散乱源)の振る舞いと定量的に一致した「巨視的量子散乱」を引き起こし、マイクロ波の入射光がほぼ完全(94&)に反射する「弾性散乱」という現象や、さらに強いマイクロ波を照射すると、「非弾性散乱(共鳴蛍光)」という現象を引き起こすことが観測された。これまで自然原子を使った散乱実験では、10%程度の反射だけしか実現できていなかった。
これらの現象は、人工原子が有する2つの量子準位を利用したもので、さらにエネルギー順位の高い量子準位を含んだ量子三準位系を活用することで、通常のレーザーのように、マイクロ波光の自主放出とともに、その誘導放出と光量の増幅(メーザー)の観測にも成功した。光の増幅率は110%程度だが、この固体電子素子は単一の人工原子だけで構成しているため、単一光子レベルの増幅が可能だ。
さらに、この固体電子素子の外部磁束バイアスを変化させると、新しい機能を発揮させることが可能であることも判明した。具体的には、基底状態と第1励起状態との間のエネルギー差に相当するマイクロ波の光子を導波路に入射すると、共鳴蛍光による散乱を受けて人工原子で完全に反射することが分かった。次に、第1励起状態と第2励起状態の間のエネルギー差に相当する第2のマイクロ波をポンプ光として-125dBM以上で照射すると、当初反射されていた第1のマイクロ波が、完全に人工原子を透過して導波路中を通過できることが分かった。つまり、人工原子には、外部からの光を制御することで、スイッチをオン・オフすることができるマイクロ波光子の鏡(スイッチ)の機能があることが判明したこととなる。
自然原子を用いて光の速度を極端に遅くし、光子を量子計算の量子ビットに利用する方式が提案されているが、この人工原子による光スイッチの現象はエネルギー損失が極めて少ないため、量子計算機の量子ビットに光子を利用する際、効果を発揮するものと研究チームでは期待している。
なお、研究チームでは、単一光子レベルの増幅が可能なことや、エネルギー損失が極めて少ない光スイッチとして応用できる可能性が高いことから、外部からの制御性に優れた人工原子を開発することで、量子光学やマイクロ波フォトニクスへの応用が期待されるとしているほか、光子を量子ビットとして用いる量子計算機の一番の弱点は、2光子を簡単に結合することができない点だが、人工原子は強く導波路と結合できるため、2つの光子を強く結合することが期待できるとしている。さらに、自然原子が並んで凝縮して物質ができるように、人工原子を並べて「量子メタ材料」と呼ばれる新たな特性を帯びた新材料も実現できるとの考えも示している。