SOA(Service Oriented Architecture)という言葉が世に登場してから数年が経った。2007年から2008年ごろまではIT業界のバズワードとしてそこかしこで聞かれたものだが、最近、ITベンダはあえてこのSOAという言葉を使わずに顧客企業に提案をしているらしい。決してSOAが廃れたわけではなく、かといって、誰にとっても意味のわかる概念になったわけでもない。なぜこのような現象が起きているのだろうか。
日本オラクル Fusion Middleware事業統括本部 Enterprise Integration Architect本部長の中川恵太氏は、最近の同社製品導入事例をいくつか引き合いに出し、「業務貢献を強く意識している企業ほど、SOA導入が進んでいるといえる。それも、最初からSOAありきではなく、(顧客企業の)実現したいことを突き詰めていくと、その解決方法がたまたまSOAだったというケースが増えている」と説明する。
たとえば国内某製造業の場合、以下のような業務課題を抱えていた。
- 売上向上のためにアジア圏(とくに中国)の売上増が必要
- いかに工場のラインを止めずに生産するか
- "顧客から選ばれるベンダ"になるために24時間以内に保守部品をデリバリーする
- しかし、在庫は適正レベルに保つ
これらを解決するために以下の施策を実行したという。
- 在庫管理はグローバルで一元的に行い、適正在庫を保つ → ERPで実施
- 24時間以内にデリバリーできる体制を作る → 独自作成の納期計算ロジックをサービスとして使う
そして上記を実現する方法が"たまたまSOAだった"ということになる。とくに納期計算ロジックに関しては「このお客様のコアコンピタンスにあたり、蓄積したノウハウが詰まっている部分」だったが、同時にもっとも外的環境の変化にさらされやすい部分でもある。ここをいかに効率化させるか、そして早期の経営効果創出につなげるかが最大の鬼門だったという。
この事例のように、「業務として何を達成すべきか」が明確な場合はITベンダやSIer側も提案を行いやすく、導入もスムースに運ぶ場合が多い。リーマンショック以降、IT部門はとかく"業務に貢献するIT"を求められるが、これは端的に言えば"早い、安い、かんたん"に入れられて、かつ導入効果がわかりやすいシステムを指すのだろう。その場合もゴールがはっきりしていればいるほど、実現への障壁は低くなる。
だが残念なことに現実はそううまく行かないもの。企業において"業務に貢献するIT"がなかかな実現しない最大の理由は「IT部門と業務部門のコミュニケーションが悪い」ことに尽きると中川氏はいう。実際、多くの企業のIT部門は業務部門から言われたことをやるだけであり、また業務部門も「この機能をここに付けたい」など既存のしくみを使ってできることやUIの改善を中心に考えてしまいがちである。つまり、全社で共有すべき業務課題に対し、ITの視点から解決施策を提案することができにくい土壌になってしまっているのだ。
中川氏は"IT部門と業務部門のコミュニケーション不全"という根深い問題を改善するには、まずIT部門から業務部門に働きかける必要があると説く。"業務に貢献するIT"を実現するには、経営計画を反映させたIT中長期計画の立案が欠かせないからだ。本来ならば「IT部門と業務部門でディスカッションしながらロードマップを作成できればそれに越したことはないが、なかなかそれが難しい」(同氏)ため、現実的な解として、経営課題および業務課題に対する仮説をIT部門が立て、それをベースに立案することをオラクルは勧めている。最初の段階でIT部門から業務部門に働きかけるというプロセスを避ければ、"業務に貢献するIT"からは遠く離れていかざるを得ないのだ。この段階のコンサルティングサービスとしてオラクルでは「SOA Insight」「Oracle Insight」「IT組織診断」などを提供している。
中長期計画立案の際、気をつけるべきはシステムの中で「変化させる部分と変化させない部分」を明確にしておくことだ。そしてSOAのメリットは「システムに変化対応力をつけるところ」にあると中川氏はいう。冒頭で紹介した製造業のように、変化の速度が速く、またその振れ幅も大きい環境にあるビジネスニーズに対しては、アプリケーションを柔軟に組み合わせることができるSOAは非常に効果的である。SOAが流行りはじめたころ、いきなりSOAを全社適用しようとして失敗した事例が頻発したが、「まずは難易度が低いところ、適用しやすいところからはじめるのが得策。いろいろいじりすぎた結果、他のシステムに影響が出てデリバリーが変わるような事態が発生すれば、利用するサービスまでもが変わり、現場のユーザは使いにくくなるだけ」(中川氏)、つまり変化させてはいけない部分にまで手を出すようなことはあってはならないのだ。
景気が回復基調にあるという報道もちらほら見かけるようになったが、依然、国内企業の経営はきびしい状況が続いている。こういう時期に経営層はIT投資の見返りに何を要求するのか。はっきり言えば「今期に投資したなら今期中に結果を出せ」 - 具体的には4月に投資したなら年内、遅くとも年度末の翌年3月までには何らかの効果を出すことだ。だからこそ、中長期的な視点に立たなければ、その場限りの、見た目や操作感を多少変えただけのシステム構築に終わり、ひいてはIT投資の凍結やIT部門の人員削減という事態を招じかねない。まずは効果を出すこと、そのための施策を検討したら"たまたまSOAに行き着いた"くらいの認識でちょうど良くなってきたのかもしれない。