SAPジャパン 代表取締役社長 ギャレット・イルグ氏

SAPジャパンのギャレット・イルグ社長は4月8日、同社およびSAP AGの2010年における戦略について説明を行った。2月に2人の新CEOが就任して以来、SAPは何度となく"変革"をテーマにメッセージングを行ってきたが、今回のイルグ社長の発表も含めてそれらをまとめてみると、2010年の同社の重点戦略は

  • BusinessObjectsを中心とするビジネスイノベーションの加速
  • サステナビリティへの取り組み
  • SME(中堅・中小企業)への注力

の大きく3つに絞られるようだ。とくにSMEに関しては専門の営業部隊を編成し、パートナーとの密な連携による新たなプログラムの展開と、インサイドセールス、すなわち内勤営業によるセールスの両方を軸に推進するという。イルグ社長は説明会の冒頭、2月に行われたバンクーバーオリンピックで二人のメダリストを輩出した日本電産サンキョーがSAPのユーザー企業であることに触れ、「こうした企業がSAPジャパンの顧客であることをうれしく思う」と語ったが、日本電産サンキョーの2009年3月期売上は699億6,400万円(単独)、おそらくSAPジャパンが今後のメインのターゲットゾーンとしていく企業の規模はこのくらいが目安と思われる。

そしてこの3つを実行するにあたっては、いずれも"スピード"が重要なカギとなる。今後、SAPが発表する新製品/サービスは"高速実行"を何らかの形で謳ったものが多くなるはずだ。そこで本稿では同社のスピード戦略を支えるであろう「インメモリ技術」を中心に話を進めたい。

究極のリアルタイムを実現するインメモリ技術

「スピードは世界を変える」- イルグ社長が放ったこのひと言こそが、インメモリ技術の重要性を如実に表している。テクノロジをとりまく状況が大きく変化する中、むしろ、より速い製品が求められているというよりも、コンシューマレベルで速いサービスに慣れているユーザはビジネスアプリケーションの遅さに我慢できなくなっている、と言い換えることができる。

SAPは最近、「On Demand, On Premise, On Device」というフレーズを説明会などでよく用いている。これは、データが社内、あるいはクラウド上に置かれていようと、読み込んでいるデバイスが携帯端末、あるいはデスクトップPCであろうと、また扱っているアプリケーションが何であろうと関係なく、リアルタイムに情報を入手できることを意味している。そしてそのリアルタイム性の実現においてはインメモリ技術が大きな役割を果たす。

インメモリ技術は、従来のディスクアクセスではなく、文字通りメインメモリ内にあるデータベースにアクセスし、分析処理を行うもの。中間キューブを作成する必要がないため、その速度差はディスクアクセスに比べておよそ1万倍、「すべてのアプリケーションが手元にある感覚」(イルグ社長)を提供できるという。

このインメモリ技術の台頭の影には、ハードウェアの飛躍的な進化を切り離して考えることはできない。イルグ社長は「近い将来、ブレードサーバは500GB RAM + ブレード100枚といった構成が当たり前になり、スタック内のデータ圧縮は今日の20倍に、またメインメモリは50TBになるだろう」としている。こうなればすべてのデータがインメモリで展開できるようになり、経営判断に必要な情報が瞬時に参照できるようになる。すなわちビジネスのスピードが劇的に変わる瞬間がもうすぐそこまで来ていることになる。

最近、SAPジャパンはインメモリ技術に関する日本テラデータとの協業を発表した。これはBIツールのSAP BusinessObjects Explorerに、インメモリ技術搭載のBIアプライアンスSAP NetWeaver Business Warehouse Acceleratorを組み合わせ、Teradataのハードウェア上で提供できるようにしたもの。これによりユーザは、ERP以外の、さらに広い範囲のデータに高速でアクセスすることが可能になる。今後、SAPはこのように他社製品であってもデータを高速利用できるソリューションの提供に注力していくとみられる。

SAPの製品戦略とポートフォリオは「On Demand」「On Premise」「On Device」そしてそれらを司る「Orchestration」に分けられる。ユーザはその規模によってスタートするソリューションを自由に決めることができ、将来の拡張にも備えることができる点を特徴とする。今後、注目したい分野としては、インメモリ技術を応用したBIとモバイル端末の連携ソリューションが挙げられる

Twitterは意思決定の迅速化に貢献するか

コンシューマレベルでのTwitterの爆発的な普及はエンタープライズの世界にも徐々に影響を及ぼしてきている。ビジネスにTwitterなどのソーシャルネットワーキングを活用する最大のメリットは、誰がどこにいても「What's going on - "現在(いま)起こっていること"を共有できる点」(イルグ社長)だ。これが"意思決定の迅速化"につながるとして、さまざまなエンタープライズ企業がこのメリットを旧来のビジネスツールにも生かそうと取り組みを開始している。

SAPもまた同様の取り組みを行っており、イルグ社長は説明会で「PowerPoint Twitter Tools」を紹介した。これはSAP BusinessObjects Xcelsiusで作られており、8つのツールで構成されている。PowerPointスライド上に聴講者からのTwitterコメントをリアルタイム表示させたり、プレゼン中にLiveTweetや簡単な投票を実施することもできる。つまり双方向の、よりダイナミックなプレゼンテーションが実現できる。プレゼン後に、特定のキーワードについてのフィードバックのみを検索して閲覧することも可能だ。まだプロトタイプ段階のため、Windows版のみの提供だが、Microsoft PowerPointとAdobe Flash Playerが動作する環境であれば誰でも試すことができる。

PowerPoint Twitter Toolsを構成するツールのひとつ「PowerPoint Twitter feedback slides」の画面。プレゼンに寄せられたフィードバックのうち、特定のキーワード(ここでは"BusinessObjects")に関するコメントを抜き出して表示する。SAPはTwitterをはじめとするソーシャルネットワーキングのビジネスへの取り込みもかなり力を入れているようだ

エンタープライズもSMEも含め、「我々がお客様に提供するのはJavaでもメインフレームでもない、お客様の"VALUE(価値)"の向上だ」とイルグ社長は断言した。はたしてその価値を向上させるソリューションを同社はタイミングよく市場に投下することができるのか。スピードを旗印に掲げる製品展開をしていく以上、今後、製品発表での出遅れは許されない。提供する製品だけでなく、同社自身もまた、スピードを問われることになりそうだ。