理化学研究所は、粒子の1つである電子が軌道角運動量を持つことを発見したことを明らかにした。

軌道角運動量は、スピン角運動量などとともに最も基本的な物理量の1つで、光あるいは、原子や結晶中の束縛された電子が、軌道角運動量を持つことは知られていた。軌道角運動量を持つ光の波面は、らせん状をしており、らせん状の光の中心には、位相特異点が存在している。しかし、原子や結晶から飛び出した、真空中(自由空間)を動く電子が、軌道角運動量を持つとは考えられていなかった。

理研基幹研究所 単量子操作研究グループの外村彰グループディレクターおよび量子現象観測技術研究チームの内田正哉研究員(現 名古屋工業大学研究員)による研究グループは、電子も光と同様に、「粒子であり波である」ため、自由空間を動く電子も軌道角運動量を持つと予測、軌道角運動量を持つ電子を作り出す実験を行った。

電子の位相の進み具合は、電子が通過する物質とその厚みによって変わる。そのため研究グループは、厚みがらせん状に変化している構造に電子を通過させることによって、電子の波面をらせん状にすることができると考え、層状になりやすい黒鉛(鉛筆の芯)を細かく砕き粉末状にし、それを試料支持膜の上に載せ、透過型電子顕微鏡を用いて観察を行った。数十nm程度の厚みを持つ黒鉛の薄膜が自然に重なっているのが観察され、その中から、らせん状に近い構造をしている領域を探しだした。黒鉛の厚み、すなわち位相の変化は、同じ透過型電子顕微鏡を用いて電子線干渉法によって測定、その結果、らせん状に近い変化した領域であることが判明した。

平面波状の波から、らせん状の波へのらせん状位相板を用いた変換。らせん状位相板は、厚みがらせん状に変化している構造を持つ。位相板の材質や構造を変えることで、位相板を通過した波の波面構造を変えることができる

また、電子線干渉法によって得たデータを解析すると、このらせん状をした領域を通過した電子の波面が、らせん状の波面に特有の干渉パターンをしていること、すなわち、軌道角運動量を持つことが確認されたという。これは、世界で初めて電子の波面構造を制御し、電子の位相特異点を生成したことを意味しており、電子の発見から100年以上経て、電子に新たな性質が発見されたこととなる。

電子線干渉法を用いた実験の概略図。電子銃から放出された平面波状の電子波はバイプリズムによって2つに分けられる。一方のらせん状をした位相板を通過した電子波を、もう一方の平面波状の電子波と重ね合わせ、干渉パターンを形成する

今回の研究による軌道角運動量は、電子の持つ新しい性質であるとともに、電子がスピン角運動量に加えて新たな自由度を得たことを意味している。そのため理研では、この電子の新たな性質を研究、利用することで、量子力学や素粒子実験など基礎研究への新たな展開が期待できるとしているほか、電子線は電子顕微鏡をはじめとする多くの研究装置に使われており、軌道角運動量を活用した超高感度の電子顕微鏡や、まったく新しいタイプの電子分光装置、磁気顕微鏡の開発などの応用展開も期待できるとしている。

電子線干渉法によって得た位相分布像と干渉縞。左図は位相分布像は黒鉛薄膜の厚みの変化を反映しており、その変化を濃淡(白:厚い、黒:薄い)で表している。この領域では黒鉛薄膜がうまく積み重なることによって、黒鉛の厚みがらせん状に近い構造で変化していることが分かる。電子がこの領域を通過することで、らせん状にねじれた軌道角運動量を持つ電子ができる。一方の右図は中心付近に見られる干渉縞の「Y」状の分裂によって、軌道角運動量を持つことが確認できた。軌道角運動量を持たないと、このような分裂は起こらない