欧州のITキーパーソンとして知られるErik Huggers氏

番組キャッチアップサービス「iPlayer」を2007年にスタートするなど、BBCは先進的な取り組みで知られる。そのBBCでインターネットなどの新技術の利用を統括するのがヒューチャーメディア&技術担当ディレクターのErik Huggers氏だ。2月にスペイン・バルセロナで開催されたモバイルのイベント「Mobile World Congress 2010」でHuggers氏は基調講演を行い、BBCのモバイル活用戦略や方針、課題について話した。

1922年に設立されたBBCは、ラジオ、TVに加えて、1994年にインターネットに進出した。当初はラジオとTVのアウトプットをサポートするものと位置づけていたが、現在ではTVとラジオに並ぶ第3のプラットフォームとして重視しているという。BBCはモバイルの進出も比較的早く、2002年にWAPベースのサイトを公開した。

このようにプラットフォームは拡大したが、創業から88年の間ポリシーは変わっていないとHuggers氏。「情報を伝え、楽しませ、教育する - この3大ミッションを貫いている」と述べる。

モバイルは2004年、モバイルブラウザが現実的になってきたことを受けて、写真など画像を加えたモバイルサイトをオープンした。だが、最大の転機は2008年のスマートフォンブームのようだ。

モバイルの進化に合わせてリッチになったBBCのモバイルサイト

最初の変化は2009年2月2日だ。英国が歴史的な大雪に見舞われた日で、交通機関や公共サービスに支障が出た。人々は情報を求め、携帯電話を手に取ったようだ。この日のページビューは一気に40%急増した。

Huggers氏が驚いたのは、その後だ。急増の後には急減の"スパイク"現象が起こるのが常だが、モバイルサイトへのトラフィックはその後も上昇を続けた。次の急増ポイントは、2009年6月25日、米国人歌手 Michael Jackson氏の死去の日だ。この日はトラフィックは40倍で増加し、前回同様に大きな急減もなく右肩上がりを維持した。

ピークの後でも急減しなかったトラフィック

「事業部門のターゲットを年に3回も変更したのは、自分のキャリアでも初めて」とHuggers氏。前職のMicrosoftでの功績など、欧州では影響力の大きな技術者であるHuggers氏は、モバイルの潜在力を大きく評価する。「モバイルは本当に離陸を迎えた」と続ける。

Huggers氏によると、BBCではモバイル本格展開にあたり、コンテンツやサービスをどうやってさまざまなユーザーグループに届けるかを考え、オーディエンスをセグメント化しているという。トレンドとして、「高度な携帯電話を利用するユーザーが増えている」とHuggers氏。そこで重要になるのが、モバイルアプリケーションだ。

Huggers氏は同日、2010年4月よりモバイルアプリケーションとして「BBC News」「BBC Sports」を順次ローンチすることを発表した。ニュースでは、ユーザーはカテゴリ別に分類されたBBCのニュース記事にアクセスできる。写真と短いタイトルが付いた記事をクリックすると動画など詳細にアクセスできる。ユーザーは自分の嗜好に合わせてカテゴリ表示をカスタマイズできるという。スポーツはリアルタイムでのスコア、チームや選手の関連情報を得られるもので、まずはサッカーから提供を開始する予定だ。

右が4月公開予定のBBC News、左が6月公開予定のBBC Sports

BBC Newsをランドスケープモードで表示

「簡潔で使いやすく、知りたい情報にいつでも&どこでも迅速にアクセスできる」とHuggers氏は特徴を説明する。また、「ライセンス(NHKでいう受信料のこと)を払っている人により成立している」という公営放送の立場を強調し、「ユーザーにメリットがあるサービスを提供することは使命」とも述べた。

BBCのモバイルアプリケーションはまずはiPhoneに対応する。Huggers氏によると、基本はプラットフォーム中立であり、その後、BlackBerry、Androidなどにも対応するという。

課題はプラットフォーム標準化とネットワークキャパシティ

Huggers氏は後半、モバイルコンテンツを提供する側として、2つの課題を会場にぶつけた。

1つ目はプラットフォームの分断化だ。「標準のおかげで、(ラジオとTVでは)番組を放送すれば、視聴者はどの受信機でも問題なく受信できるという放送の世界から見ると、次々と登場するモバイル端末に合わせる作業は負担だ」とHuggers氏。「iPlayerでは21種類のプラットフォームをサポートしているが、これはめちゃくちゃだ」と本音を漏らす。

「標準があれば、コンテンツプロバイダは開発と配信が容易になる。コンシューマーにもメリットをもたらすし、イノベーションも促進するだろう。なんとかして合意できないものか」と会場に呼びかけた。

2つ目はネットワークの負荷だ。2009年12月だけで、iPlayerは1億1,500万本近くを配信したという(英国の人口は約6,000万人)。動画は明らかにネットワークに負荷を与えており、動画を含むリッチメディアの配信がネットワークに大きな負荷を与えないよう技術ポリシーを模索していきたいとした。これは、固定とモバイルの両方でいえることで、「業界と協力していきたい」と述べた。

先にカナダ・バンクーバーの冬季オリンピックが終了したところだが、2012年は英国・ロンドンでオリンピックが開催される。BBCは放映権を持っており、2週間で5,000時間以上のアウトプットを予定しているという。「インターネットは重要な役割を果たす」とHuggers氏は述べた。また、過去88年分のアーカイブについても、Webで提供する方法を思案しているところだという。