東芝の西田厚聰会長が、2月15日、東京電機大学経営同友会主催の特別講演会に登壇し、「グローバル化時代の企業経営」をテーマに講演した。
午後5時30分から、東京電機大学神田キャンパス7号館丹羽ホールで行われた講演で西田会長は、「グローバリゼーションだけならば、経営環境はこれほど変化しなかった。ここにデジタル化、グローバルネットワーク化が同時に進捗したことで、大きく進展した。これにより、さまざまな要因が課題として出てくる。過去の経験を生かすことができない時代がやってきている」などとし、「企業経営は状況の関数である。状況を認識し、洞察し、変化の本質を見極めることが大切である。それとともに、慧敏(けいびん)に応変することが大切だ」などと語った。
慧敏とは、知恵をもって、すばやく反応することなどを意味する。「日本語にはいい言葉が多い。慧敏もそのひとつだが、スピードばかりが重視されて、俊敏などの速いという意味の言葉だけが残ってしまった」
また、応変とは臨機応変のことを指し、世の中の変化に柔軟に対応することを意味するが、西田会長は、「変化に対応するだけではなく、自らも変わらなくては生き残れない。応変力が重要になる」などとし、自らを変化することの重要性を強調した。
さらに、「かつての企業経営は二者択一で済んだ。利益か、成長か。コストか、品質か。標準化か、差異化かといった具合に。しかし、いまでは利益も、成長も。コストも、品質も。そして、標準化しながら差異化を図るといったように二律背反する要素を両立しなくてはならなくなっている。二律背反する最たるものが、環境か、成長かというものだ。いまでは、環境と成長を両立させることが企業経営に求められている」と語った。
加えて、西田会長は次のように語る。
「企業経営者には、決断力や実行力が重要という人がいる。それは正しいことだが、それ以前に、判断することが大切。判断を間違えば、決断を間違え、実行が間違うことになり、大変なことになる。しかも、判断は、限られた時間、限られた情報のなかで行わなくてはならない。もし、十分な情報が入ったとしたら、その時点でゲームは終わっている。では、過去の経験が通用しなくなり、知識にも限界があり、情報も限られたものでしかないなかで、最適な判断をするにはどうしたらいいか。それは判断する力を磨くしかない。日本には、そうした教育が必要である。仮説を立ててシミュレーションすること、独りよがりではなく客観的に判断すること、さまざまなステークホルダーの立場で考えることが必要である」
講演会には東京電機大学の学校関係者も数多く出席しており、西田会長は、判断力を養う教育が必要であることを繰り返し強調した上で、「この教養は、明日、来週、来月に役立つものではない。だが、判断をするときにこの教養があるのとないのとでは大きな差になる」と語った。
一方、東芝の社長に就任した5年前に西田会長は、「イノベーションの乗数効果」という考え方を打ち出した理由を説明した。
「イノベーションは、日本では技術革新と訳されることが多いが、中国語では創新と訳され、新たなものを創造するという点で、その方が的を射ているだろう」と前置きし、「開発、生産、営業といったそれぞれの部門が、流れ作業のようにして、イノベーションを起こしていくのは足し算でしかない。しかし、開発の段階から生産現場や営業現場の人たちが入り込み、開発時点で、生産しやすい設計を取り入れたり、品質を確保したり、利益が取れるコスト構造を考えるという知恵が入ることで、開発そのものが大きく変化する。これを乗数効果としている」とした。
また、「東芝では、ワークライフバランスとは言わずに"ワークスタイルイノベーション"と呼んでいる」とし、「決められた時間のなかで集中力を高めて、余った時間はリフレッシュに使ってもらい、その成果を翌日、翌週の身近なイノベーションにつなげてほしいと社員にいっている」と語った。
講演の最後に、西田会長は、事業を通じた「判断」への具体的な事例を原子力事業と半導体事業のなかから紹介した。
原子力事業では、ウェスチングハウスの買収について触れ、「この事業は2050年までという、長期的な視点で捉えなくてはならない。当社がウェスチングハウスを買収した場合と、他社が買収した場合を比較したとき、当社が買収しなくても途中まではそこそこの事業ができるが、その後は撤退するしかないという判断をした。買収の際に競争するのは、米国の企業。さまざまな情報をもとに、買収には5ビリオンダラーがひとつのラインになると考えた。だが、米国では政府をあげてこの買収を支援しており、日本の政府にはそうした動きがなかった。では、この政府の動きは金額に換算するとどれぐらいなのか。わずか1時間の間に、これまで換算したことがないような判断を求められた。私は200億円強とこれを換算し、その分を上乗せした。これがぴったりと当たった」としたほか、NAND型フラッシュメモリにおける半導体事業では、「この事業は投資を3年以内に回収するという事業であり、100年に一度という経済不況が、このプランを大きく揺さぶった。しかも、3年前は年間52%値下がりし、2年前は70%、1年前には50%値下がるという状況。当社は、2009年1月から約6か月間に渡って、30%減産した。作っても赤字になるからだ。これにより、価格下落を下げ止まりさせるとともに、32nmプロセスの新たな技術の立ち上げを待った。この立ち上げによって価格競争力を保つことができ、下げ止まりのなかで収益を確保できるようになった」などとし、西田会長の判断力という観点での成果を披露した。
講演は約1時間の予定だったが、15分ほど予定をオーバー。聴講者も真剣に耳を傾けていた。