外交ジャーナリストの手嶋龍一氏 |
「IT産業は、まさにインテリジェンスのまっただ中にあるもの。みなさんは、インテリジェンス感覚を日々磨いているはずだが、今日は、それが政治や外交の世界でどう使われているのかを検証したい」
F5ネットワークスジャパンは2月4日、プライベートイベント「F5 CUSTOMER CONFERENCE 2010」を開催。基調講演には、外交ジャーナリストの手嶋龍一氏が登壇し、「インフォメーション(一般情報)」と「インテリジェンス(極秘情報)」の違いや、インテリジェンスを役立てていくための「インテリジェンス・サイクル」の重要性などを解説した。
手嶋氏は、自身のベストセラー小説『ウルトラ・ダラー』の主人公である諜報員スティーブン・ブラッドレーに触れながら、彼を英国のシークレット・インテリジェンス・サービス(SIS、通称: MI6)にリクルートしたオックスフォード大学の宗教学の泰斗、プロフェッサー・グリーンのセリフを紹介。
テムズ河の河原で「インテリジェンスとは何を意味するのか」と問うスティーブンに対し、師プロフェッサー・グリーンは、「テムズ河にある膨大な石ころのなかにも、他とは違う輝きを放つ石がある。それを選り抜いて、分析し、ガラス玉かダイヤモンドの原石かをみきわめること」といった教えを授ける。
「日本語では、インテリジェンスもインフォメーションも『情報』と訳されるが、これが大きな混乱のもと。ITの分野には、ニュースの情報やウワサ話、取引先の書類など、膨大な一般情報があるが、これらはインフォメーション。インテリジェンスとは、膨大に存在する玉石混淆の情報を選り分け、裏を取り、周到な分析を加え、国家の舵取りに役立てるまで精査された情報のこと。まさに、みなさんが日常的に行っている、上司に報告するための簡潔な情報がインテリジェンスとなる」(同氏)
もっとも、インテリジェンスは、それ単体では、ただの「貴重な情報」にとどまる。インテリジェンスとして成り立つためには、意思決定のために、行動のために役立つことが重要となる。また、手嶋氏によると、インテリジェンスの本質は、「シークレット」に挑むだけではなく、「ミステリー」の世界に踏み込むことにあるという。
「例えば、北朝鮮は、長崎型の核爆弾を持っているが、広島型の核爆弾は持っているのか。北朝鮮の関係者に確かなヒューミント(人的情報源)を持っていれば正確に知ることもできる。これらはシークレット。一方、北朝鮮は、広島型の核爆弾を使った新たな核実験をするのかどうか。未来の事柄なので、誰も分からない。これらはミステリー。つまり、インテリジェンスは、シークレットだけでなく、予測が大変難しい、悪魔の領域と言われるミステリーの世界にも挑むということ」
そんななか、今後を予測し、意思決定に役立てるために重要になるのが、インテリジェンス・サイクルである。
「みなさんが会社のトップだとお考えください。非常に有能な部下=インテリジェンス・オフィサーがいても、それだけで自分の決断に役立つようなインテリジェンスがどんどんあがってくるということはありません。みなさんが自分のインテリジェンスの主要な関心を部下に伝えることで、部下がインフォメーションを収集し、さらにそれを選別してインテリジェンスへと高め、その意味を読み取って簡潔な報告書が上がってくるようになる。このサイクルがインテリジェンス・サイクルです」
インテリジェンス・サイクルをまわす際には、決断者が情報への関心を示すことのほかに、情報に関する報告が簡潔であることが重要だという。
「将来の見通しですから、そもそも予測が難しいもの。慎重な人であるほど、こうなるかもしれないし、ああなるかもしれないというレポートを上げるでしょう。例えば、あとになって『君の見通し』は外れていると、部下に言ったときに、『お言葉ですが、社長。レポートの○ページの○行目には、そうではないかもしれない、と書いてあります』と答えるケース。そうしたことを防ぐためにも、レポートは簡潔なものにし、インテリジェンス・オフィサーにも、それなりのリスクをとらせるということです」
簡潔なインテリジェンス・レポートによって、あるシークレットを得ると、さらなる疑問がでる。そこで、新たな関心を部下に伝え、次のシークレットを得る。成功している企業や組織は、このインテリジェンス・サイクルがうまく回っているという。
「ロイヤル・ダッチ・シェルやモトローラは、 この分野で非常に優れていて、資金もかけていた。モサドやCIA関係者も出席し、世界で最も高額なセミナーと言われる『アカデミー・オブ・コンペティティブ・インテリジェンス』に虎の子のインテリジェンス・オフィサーを参加させていた。こうした社内のプロがとりまとめた情報が社長のところに上がってくるため、インテリジェンスがせいせいと回っていたのです」
また、手嶋氏は、世界的に優れたインテリジェンス・オフィサーとして、明治から昭和にかけて活躍した、石光真清、柴五郎、杉原千畝の3名を名を上げ、そうしたDNAを受け継ぐ日本や日本の組織に希望を見いだしていると語った。