なぜ、スパコンが必要なのか?

2009年11月に開催されたSC09という学会で、米国のゴア元副大統領はその基調講演のなかで、CO2の増加が環境に与える影響は人々が直感的に感じられる危機ではなく、スーパーコンピュータ(スパコン)によるシミュレーションと可視化によって始めて重大な危機であることが認識され、政治が動くようになった。これはスパコンの大きな意義であると述べた。早くに危機に気付き、手を打つことにより、より良い地球を子孫に残せるという。このような温暖化の解析には、日本の地球シミュレータが大きな役割を果たしたことは記憶に新しい。

現在では、このようなシミュレーションの力は、理論と実験に加えて、科学を支える第3の柱と認識されている。スパコンによるシミュレーションは、天気予報のような身近なものから、自動車の衝突解析や、航空機などのまわりの気流の解析、騒音の発生の解析など直接産業的開発に利用できるもの、さらに、銀河形成やブラックホールと言った実験では研究できない分野、そして、原子、分子レベルでのタンパク質の振る舞いの解析とあらゆる科学分野に広がっている。このように、スパコンは広い分野に使用できる汎用の大型研究設備であり、日本の国際競争力維持の観点からは重要な施設であり、投資効果は高いと思う。

日本の次世代スパコンは世界一になれるのか?

日本の次世代スパコンは「京速」と言われ、10PetaFlops(Petaは10の15乗)の計算性能を目指している。そして、理化学研究所(理研)の次世代スーパーコンピュータ開発実施本部のWebサイトに掲載されている工程表によると、2010年度に一部稼働、2011年度に製造を終わり、2012年度には性能チューニングを行うことになっている。

富士通が開発中の水冷のスパコン用システムボード(左)と筺体(右)

事業仕分けに対するアピールの場で、ノーベル賞学者の利根川博士は、「日本の次世代スパコンは多分1位にはなれない。しかし、1位を目指さないと2位や3位にもなれない」と述べたが、ライバルとなる米国のスパコン調達計画はどのようになっているのであろうか。

米国では、イリノイ大学のNCSAのBlueWatersと、LLNL(ローレンスリバモア国立研究所)のSequoiaという大型スパコンプロジェクトが進められている。

BlueWatersは、2009年11月のSC09において公開されたIBMのPOWER7プロセサを使うシステムである。プロジェクトのホームページでは20万コア以上を使用すると書かれているだけであるが、一部の報道によると、ピーク性能は10PFlops、LINPACKプログラムで8PFlopsを上回ると言われている。最初のPOWER7マシンの搬入は2010年春に予定されており、大部分のマシンが揃うのは2010年~2011年の冬と説明されている。したがって、2011年6月のTop500にはLINPACKの測定結果が登録(Top500の発表は6月と11月の年2回である)されると予想される。

こちらも水冷のIBMのPOWER7 CEC(左)と筺体の説明図(右)

一方、Sequoiaは、IBMのBlueGene系の技術を使うピーク20PFlopsのシステムである。現在のBlueGene/Pシステムではピーク性能の82%のLINPACK性能を出しており、SequoiaシステムのLINPACK性能は16PFlops程度になると推定される。このシステムは2011年7月から納入が始まり、11月末にはデモ、12月末には完成の予定である。この予定通りに進むとすると、2012年6月には性能登録される。

これに対して、我が国の次世代スパコンは2010年度には一部稼働の予定であり、性能測定結果の登録が2011年6月となるとすると、BlueWatersと同じ時期になる。この場合、一部というのがどの程度かに依存するが、BlueWatersのスコアを越えられない可能性が高い。また、2012年6月にSequoiaが16PFlopsを登録すると想定すると、次世代スパコンがトップになるには2011年11月に10PFlopsの性能を登録する必要がある。しかし、今回の40億円の削減で製造前倒しが行われなくなるので、これは実現出来ない可能性が高い。