SAPのBI活用術では、これまで4回にわたり、BI活用のポイントとそれを実現するSAP / BusinessObjectsテクノロジーについて解説してきたが、BIを本当の意味で経営に活かすには、その前段としてもう1つやっておかなければならないことがある。それは、データの信頼性を高めること。すなわち、トラステッド・インフォーメーションの実現である。
では、トラステッド・インフォーメーションとは、どういった発想の下に生まれたコンセプトで、それを具現化するためにはどのようなステップが必要なのか。国内におけるSAPテクノロジーコンサルタント認定者第1号の渡辺清英氏に、詳細を解説してもらおう。
執筆者紹介
渡辺 清英(Kiyohide Watanabe)
- ソリューション本部 プラットフォームソリューション部
シニアソリューションスペシャリスト
1995年、SAPジャパンにテクノロジーコンサルタントとして入社。SAPアメリカにて国内第一号のSAPテクノロジーコンサルタント認定し、SAP認定コンサルタント養成のためのパートナーアカデミーを国内でロールアウトする。以降4年間、インストラクターとして多数のSAP技術者を養成。その後、他ベンダーにてハイテク業界を中心に多数のeコマース、EAIの提案、導入に参画する。
2005年にSAPに復帰後、現在はSAP NetWeaver、SAP BusinessObjects製品群のソリューション提案を担当。
BI活用の新たなキーワード「トラステッド・インフォメーション」
日本企業はこれまで、現場の創意工夫に基づく「カイゼン」により、右肩上がりの成長を遂げてきました。しかし、グローバルな企業間競争が激化する中、持続的な競争優位性の確立に向けて、多くの企業が注力しているのが、情報分析力の向上を目指すBI 活用です。
情報の分析というと、すぐにBIツールの導入がイメージされますが、本当にそれだけで競合他社との差別化を生み出す情報の分析力は高まるのでしょうか。SAPは、決してそのようには考えておらず、BIツールを有効活用するための前提として、まずは分析の対象となるデータ品質の向上が不可欠だという発想を持っています。
このことはまさに、現場力の強化に多くの資源を投入してきた日本企業に当てはまります。部門主導でさまざまな情報システムを運用してきた日本企業では、部門単位で最適化されたルールやフォーマット、管理プロセスが多く存在します。その結果、分析レポートの内容にも部門間で誤差が生じ、それに基づいて下された判断は大きなリスクさえはらんでいます。事実、データの不備・不整合に起因する事故やトラブルの例は後を絶ちません。
そこで、SAPがBI 活用の新たなキーワードとして提唱しているのが、トラステッド・インフォメーション(Trusted Information)という、信頼性の高い情報管理のためのマネジメント手法です。
データ品質の向上が企業にもたらすメリットは、単に分析の精度や信頼性の向上だけではありません。データの整合性確保のための管理負担の削減ほか、問題の早期発見・解決といった理想のBI 活用サイクルの実現などが期待できます。さらには、スピーディーな情報提供による顧客満足度の向上など、競合他社との差別化さえも、データの品質が支えているのです。
データ品質を改善するためのプロセス
図に示されているのは、トラステッド・インフォメーションにおけるデータ品質の改善プロセスです(図1参照)。
まずファースト・ステップとなるのが、データのプロファイリングです。基幹系システムからデータウェアハウスにデータを統合する前に、データの用途やタイプなどを精査し、そこで生じている欠陥を見極めます。
次にデータのクレンジングを行います。これは、データ構造を識別し、要素を区別する「分類」、データ値と形式をビジネスルールに基づいて正規化する「標準化」、データを検証して欠陥を取り除く「訂正」という3つの要素から構成されます。
さらにデータを追加し、情報の価値を高める「データの拡張」、続いてデータの「照合(マッチング)」と「集約」を行っていきます。「照合」では、複数のテーブルやデータベース内におけるレコードの重複を識別し、そして、照合された複数のレコードを単一のソースにまとめる作業が「集約」です。
データ品質を維持・向上していくためには、継続的な監視と警告を発する仕組みも必要です。SAP は現在、BusinessObjects との統合ソリューションにより、このデータ品質の改善プロセスを包括的にカバーしています。
データのプロファイリングにおいては、データの関係性を自動的にチェックし、紐付ける仕組みを提供しています。また、データクレンジングにおいては、グラフィカルなチャートでデータ処理のプロセスを定義し、データ統合の方法を設計するとともに、その中でクレンジング処理を行うことを可能にしています。
実際のクレンジングでは、住所データベース、企業データベースなどを辞書とし、ルールベースでデータの補正を行っていきます。たとえば、住所の欠落があった場合は、辞書を参照することで、不足している項目を自動的に補完します。市町村合併などによって変更された箇所も、ここで反映されます。このような辞書機能は、独自に作成したルールを組み込むことも可能です。さらに、名寄せのマッチングなど、最終的に人間の判断が必要となるプロセスでも、その精度を支援するためのさまざまな機能を提供します。
鍵は、メタデータとマスタデータのメンテナンス
データ品質を全社的な規模で維持・向上させるためには、データの流れを正規化するとともに、データ品質に関する企業としての戦略、組織体制、チェンジマネジメント(意識改革)など、包括的な取り組みが不可欠です。
その鍵を握るのが、メタデータとマスターデータです。
一メタデータとは、技術的属性・意味的属性を踏まえて、データそのものを定義するための情報です。データが最初にどのように定義されるかによって、最終的な分析などに活用される際のデータ品質に差が生じます。このメタデータの標準化についても、SAPは確かなソリューションを提供しています。
一方、企業の基本情報であるマスターデータには、得意先・仕入先・製品など、業務で用いられるさまざまなデータが蓄積しています。しかし、多くの業務に共通するこれらのデータも、システムが部門単位で導入されているケースでは、異なるシステム間で分散管理されていることが少なくありません。
ここで必要となるマスターデータの正規化・一元化を支援するのが、SAP NetWeaver Master Data Management(SAP NetWeaver MDM)です。同製品を利用したマスターデータ管理では、登録は一元的に集中管理され、共通のレポジトリに保存された後、決められたタイミングで関連システムに自動配信されます。このような仕組みにより、信頼できる唯一のマスターデータを異なるシステム間で活用することが可能になります。
ある企業では、部門ごとにフォームが違っていることにより、データ品質の低下を招いていることを危惧して、SAP NetWeaver MDMを導入しました。同時に、データ品質管理のための全社横断的な組織を設けるとともに、社内の啓蒙・啓発にも力を注ぎました。これはまさに、データ品質の問題を超えた、競争優位基盤を築くための業務変革といっても過言ではありません。
なお、SAP は現在、ガートナーが提唱するEIM(Enterprise Information Management) の定義に立脚して、ソリューションを網羅していこうとしています。EIMとは、あらゆるデータベース、業務システム、データウェアハウス、文書、そして多様なメディアに存在する情報資産の価値を最大化し、それらを安全に活用するための組織的なプログラムを意味します。
つまり、コンポジットべースのビジネスプロセス構築を支援するBPP(ビジネスプロセスプラットフォーム) から、マスターデータ管理、BIプラットフォーム、BI ユーザーサービス、情報統合プラットフォームなど、EIMのあらゆる視点から、幅広いアプリケーションを通じて、多角的な情報活用を支援できる体制をSAPは目指しているのです。
※ 本稿は、SAPジャパン発行の『SAP CERTIFICATION VOL.5』に掲載された特集『SAP BusinessObjectsがもたらす企業情報活用の革新』を一部加筆のうえ転載したものです。