デバイスの多様化と高機能化による融合というトレンド、それを加速するWeb対応とクラウドコンピューティングモデル - このような時代、アプリケーションやUIに求められる要素も変わりつつある。
10月にドイツ・ミュンヘンで開催された開発者イベント「Qt Developer Days 2009」では、端末のトレンドとQtを使うメリットが紹介された。会場には、コーヒーマシンや車載システムなど、実際にQtを使って開発したUIやアプリケーションの事例を見ることができた。
端末のトレンドを紹介したのは、Nokia Qt Develoment FrameworksのThiago Macieira氏だ。Macieira氏はまず、PC、携帯電話、組み込みの3つの分野の傾向を紹介した。
PCは、2003年から2008年まで年平均成長率14.5%で市場が成長したが、2008年から2013年は同5.2%増と成長が落ち着きつつある。だが、重要な分野であることに変わりない。デスクトップ、ノートときて、新たなセグメントとしてネットブックが生まれ、市場の成長を牽引している。
OS別シェアを見ると、「Windows」が95%程度で独占しているが「Mac OS X」も人気が出ており3 - 3.5%、Linuxは、ローコストPCや公共部門などで少しずつ採用が進み、シェアは2%程度に達しているという。「市場はWindowsで固まってはいるが、プラットフォームブリッジの必要はある」とMacieira氏。
コンバージェンスの推進役であるモバイル市場、台風の目はスマートフォンだ。携帯電話全体では、2007年から2013年まで年平均成長率2.9%増と成長が鈍化する見通しだが、スマートフォンは27.2%と爆発的な拡大が予想されている。出荷台数は、2008年に1億6,200万台だったのが2009年は2億1,100万台の予想。2013年には携帯電話市場の3分の1がスマートフォンになるといわれている。
だが、スマートフォンOSは分断化しており、開発者からみると課題は大きい。現在約半分を占めるのは「Symbian」だ。当面優勢と見られるが、2012年には35.7%に縮小すると予想されている。一方、2012年にはLinux(Android含む)は19.9%、「iPhone」は15.3%、「Blackberry」は14.1%にそれぞれ拡大すると予想されており、これに12~15%と一定のシェアでの推移が予想される「Windows Mobile」が加わる。米Appleの「App Store」人気により、モバイルアプリケーションの機運は高まっているが、開発者はそれぞれに向けてアプリケーションを開発しなければならない状態だ。乱立するOSはすべて開発ツールが異なる。「将来的に統合されるだろうが、それまでは多数のプラットフォームが存在する」とMacieira氏。
組み込み分野でも課題はある。プロセッサはARMとMIPS、OSは主としてLinuxに集約されつつあるが、「グラフィック対応、メモリ、性能などハードウェアはいまだ多くの制限を受けている」(Macieira氏)
Macieira氏は全体の傾向を次のようにまとめる。「端末は小型化し、パワフルになり、メモリも増えた。形もさまざまだ。端末が融合する一方で、ユーザーは(どの端末でも)同じようなエクスペリエンスを期待する」。
これらの端末で共通のトレンドがWeb対応だ。Webはインストールと実装が不要というメリットがあるが、HTML4、HTML5、CSS2 、CSS3、ECMAScriptとさまざまな標準がある。さらには、これらの標準対応が遅れている「Internet Explorer 6」がいまだに6割程度のシェアを占めている。モバイルでは、各社がWebKitに対応で足並みをそろえており、「PC側とのギャップが生まれつつある」とMacieira氏は述べる。
では、Qtになにができるのだろう?
クロスプラットフォームでアプリケーションやUIを開発できるQtは、「Qt Everywhere」を標語に、さまざまな端末の対応を進めている。デスクトップでは、WindowsではWindows 2000/XP/Vista/7、Mac OS X 10.4/10.5/10.6(10.6は32ビットと64ビット)、Power PC、x86、Linux/X11に対応、モバイルと組み込みでは、DirectFB/Linux(ARM、MIPS、x86)、Linux/X11(ARM、x86)、Windows CE 5.0/6.0、Windows Mobile 6.0/6.5、Symbian 3.1/3.2/5.0に対応、Appleの「Cocoa」フレームワーク、Microsoftの「.NET Framework」や「Silverlight」、「Adobe Flash」などを利用できる。
1つのコードベースで対応するプラットフォームに向けてアプリケーションが開発できるだけでなく、アニメーションフレームワーク、QML(Qt Markup Language)、最新のUIエディタ(Project Bauhaus)、OpenGL、OpenGL ES、OpenVGにも対応、パワフルなUI機能を開発できる。Webでは「QtWebKit API」も提供している。
Macieira氏はコンバージェンス(融合)が開発者にもたらすメリットとして、「インストールベース数は膨大で、規模の経済のメリットが得られる」と述べる。開発者の生産性も改善され、対応する端末が増えるほど、投資が少なくなると続ける。
会場で見かけたQtの事例
会場では、Qtを使った例を見ることができた。
米Texas InstrumentでEMEA地区ソフトウェアアプリケーション担当上級アプリケーション開発者 Frank Walzer氏は、欧州顧客向けに組み込みプロセッサをデモするのにQtを使っているという。
「Qt Embedded Linuxを使って、モジュールと開発システムをLinuxとWindows CEの両方で提供可能となった」というWalzer氏は、Qtの長所を、「プラットフォームを容易に移行できる点」と強調する。「ソフトウェアの開発はPCで行い、ソースコードを取り出してWindows CEとLinuxの両方にリコンパイルした。ソースコードに手を加える必要はなく、違うプラットフォームでも同じような外観となった」と語る。
Walzer氏はまた、「Qtには100以上のデモが含まれているため、コードを開発する作業を省略できた」とも述べる。数カ月前には、展示会で自社システムを披露するため、わずか5週間でハードウェア、ソフトウェアを開発し、デモアプリまで作成できたという。「多くのことはQtなしには不可能」と付け加えた。
フィンランドDigiaは、まだ早期プロジェクト段階にあるQMLをいち早く試して構築した車載情報システムのコンセプトソフトウェアをデモしていた。QMLはQtの宣言的言語拡張で、デザイナーと開発者のコラボレーションを容易にする。Digiaのシステムでは、家族が自分専用の画面を持ち、アドレス帳、地図、音楽再生リストなどにタッチでアクセスできる。アドレス帳から相手を選んで電話を発信、といったことが可能となる。
同社は通信オペレータ向けに「Symbian OS」向けの携帯電話アプリケーションなどを手がけるが、このシステムはわずか2人の開発者が1.5 - 2カ月で開発したという。
Qtはコーヒーマシンでも採用されている。スイスのコーヒーマシンメーカーHGZ KaffeemaschinenのSamuel Luthi氏は、自社を「家族経営の保守的な企業」と形容するが、「革新的な新技術を取り入れる新しい物好きな面もある」とも思っている。
コーヒーマシン業界は、形はコンパクトなまま、エスプレッソ、マキヤート、ラッテと複数のバリエーションを提供できるようになった。このようなハードウェア面の進化とは逆に、インタフェイーは難点だ。たとえばボタン形式の場合、ボタンの数が増え、多言語対応が難しい。同社のように小規模だが多国展開している場合、コストがかさむ。マシンができる情報をわかりやすく伝えるにはアイコンや画像が適している。そこで目をつけたのがQtという。
Luthi氏は、オブジェクト間のやりとりに使われるシグナル/スロットのメカニズム、レイアウト管理やテキスト翻訳インタフェース「Qt Linguist」などの多言語対応など、さまざまな魅力を評価し、「クロスプラットフォームは本当だった。さまざまな可能性がある」と述べる。
今後は、コーヒー抽出中にパネル式画面に広告を掲載するなど、付加価値サービスでのビジネスの可能性も広がりそうだという。