ベルギーにある半導体研究開発組織「IMEC」はこのほど、創立25周年を迎えた。半導体開発の共同研究組合として米国のSEMATECH、日本のSeleteなどと常に比較されてきた。が、IMECの業績は抜群で、創立以来常に右肩上がりの売り上げを達成してきた。参加メンバーも右肩上がりで増えている。2008年の売上は2.8億ユーロ(約370億円)に達した。

IMECの売り上げ

以前、経済産業省は日本の半導体メーカーがIMECに参加することを快しとせず、IMECへの参加を妨害されたと密かにささやく半導体メーカーもあったほどである。IMECへ入るくらいなら国家プロジェクトであるMIRAIやSeleteになぜ協力しないのか、というのが妨害の理由らしい。しかし、半導体メーカーのエンジニアの本音は、将来技術の役に立つから参加させてほしい、という願いだった。上司に申告すると、管理者によっては経産省に遠慮してノーという返事が返ってきた。

さすがの経産省も昨今のグローバル化や、日本の半導体メーカーの弱体化に困り、IMECへの参加を渋ることもなくなったようだ。しかし、製造装置メーカーは多数参加しているが、半導体メーカーでIMECに参加している企業はまだエルピーダメモリとパナソニックだけ。日本を代表する東芝、ルネサステクノロジ、NECエレクトロニクス、富士通マイクロエレクトロニクスは参加していない。今はむしろキャッシュが足りないから参加できなくなっている。

では、IMECの評価がなぜ高いのか。パナソニックは、「UniPhier」をはじめとするシステムLSIの65nmと45nmプロセスでの世界初の量産出荷は、IMECとのプロセス微細化の共同研究成果を活かしたものだと、2008年11月12日のプレスリリースにおいて述べている。この時の成果をさらに延長、拡大するためパナソニックは、ソフトウェア無線、ライフモニタリングのための低消費電力のワイヤレス技術の開発するため、IMECとの最先端技術の包括契約を締結した。

IMECの微細化プロセスは、プロセスの微細化が欠かせないDRAM技術で有効だといえる。DRAMメーカーのトップ5社のすべてがIMECと共同研究しているからだ。Samsung Electronics、Micron Technology、Hynix Semiconductor、エルピーダ、そして(経営破たんした)Qimondaである。エルピーダは50nm未満のプロセス開発を進めるため、2007年3月にIMECと提携を結んだ。

IMEC本部の概観

IMECはこれまで微細化プロセス開発において開発の先頭を切ってきた。しかし、ここ数年、IMECの研究開発テーマは微細化だけではなく、マルチコアプロセッサのソフトウェア開発や、ヘルスケア応用のための超低消費電力技術、低消費電力のワイヤレス技術、ソフトウェア無線など、応用寄りのテーマも出てきている。LSI開発が微細化一辺倒から、応用指向へ変わりつつあることをIMECのテーマが示しているといえる。

今取り組んでいるテーマには次のようなものがある

  1. スケーリングによるナノエレクトロニクス
  2. CMORE:CMOS以外の集積化
  3. グリーン無線:環境にやさしい無線
  4. デジタルコンポーネンツ
  5. 太陽光発電
  6. ヒューマン++:バイオメディカルエレクトロニクス 7: NERF:フランダースにおけるナノエレクトロニクス研究
  7. 有機エレクトロニクス
  8. ワイヤレス自律センサソリューション

これを見る限り、従来の微細化によるCMOS技術はナノエレクトロニクスだけである。CMOREはMore than Mooreの略であり、CMOSと別の機能を集積する技術の総称だ。

IMECはベルギーのフランダース政府の支持を得て設立された研究開発会社である。今ではその売り上げ全体に占めるフランダース政府からの資金の割合は少なく、2008年は4,400万ユーロで、全体の15%程度に留まっている。国内外を含む半導体メーカー、製造装置メーカー、材料メーカーなどとの共同開発による収入が圧倒的に増えてきている。

IMECがこれまで順調に成長してきた要因は何か。1つは、売上の伸びを見てわかるように、行政からの資金を当てにせず積極的に企業の役に立つ研究を推進することで企業からの資金を増やしてきたこと。企業としても役に立つ研究であるからこそ、資金を提供、お互いにウィン-ウィンの関係を築いた。

もう1つは、時代の変化に合わせてテーマを作り変えてきたことである。企業の望むテーマは時代を反映する。当初は半導体の微細化プロセスが半導体事業を牽引したため、微細化技術を追いかけてきた。しかし、ゲート絶縁膜やゲート長などの寸法が物理限界に近づいてくると、設計も製造も複雑になり困難になってきた。その困難をみんなで力を合わせて乗り越えようとすると今度は微細化に価値がなくなり、差別化要因は他に移った。設計であり、応用である。このためIMECは設計も応用にも力を入れるようになった。

時代が環境にやさしい技術を要求するようになると、半導体技術を生かした太陽光発電や、超低消費電力技術、バイオエレクトロニクスなどをテーマに取り込み、時代の変化に応じたフレキシビリティを持つことが重要だとする。例えば太陽電池の研究は25年もやってきた、と2009年7月に新たにCEOに就任したリュック・バンデンホッフ氏は語る。しかし知られていなかった。今は時代とともに太陽電池の研究をオープンにし多くの企業の参加を促すようになった。

2009年7月にCEOに就任したリュック・バンデンホッフ氏

では、こうしたテーマはどうやって決めるのだろうか。バンデンホッフ氏は、IMECの経営陣が決めると言いきった。カスタマのニーズにフレキシブルに対応するため、さまざまな要求を最大の共通項でくくり、プライオリティを考慮しながら決めるのだという。逆に、参加企業などのコンセンサスは取らない。

これらに加えて、ベルギーのフランダース地方に拠点を築いたことも成功した理由になると言う。「ベルギーには半導体産業がない。フランダース自治政府は資金面でサポートしても口は出さない。プレッシャーをかけて来ない。だから中立的な立場で世界各地の半導体メーカー、装置メーカーとも中立的な立場で仕事ができる」(バンデンホッフ氏)ことを強調する。この中立性とフレキシビリティこそ、成長していける力だといえそうだ。