装幀は佐藤卓氏、カバーを外すと立花文穂氏の活版作品も(右)。帯文は松岡正剛氏によるもの

いまや、アニメ(Anime)同様、カワイイ(Kawaii)は、海外からも熱い注目を浴びている。日本の少女文化は、中原淳一が手がけた「少女の友」(1908年創刊)にまで遡ることができるが、これほど少女文化が発展した国は、他に類を見ない。その体系の中心には、つねに「カワイイ」という感覚が存在していた。

いや、「少女の友」どころの話ではない。批評家の四方田犬彦は、清少納言『枕草子』にその源流を見出している。『「かわいい」論』(筑摩書房)から引用しよう。いわく、「日本人の小さなもの、かわいいものに対する親しげな眼差しというものは、実は千年以前から少しも変わっていなかったのだなと妙に感心してしまう。清少納言が現在でいう「かわいい」の例として挙げているものは、幼げな者であり、無邪気で、純真で、大人の庇護を必要とする者であって、そのささいで遊戯的な身振りに焦点が当てられている」。

真壁智治とチームカワイイによる『カワイイパラダイムデザイン研究』は、主として建築分野における「カワイイ」に焦点を絞り、現状分析を通し、その可能性を探ろうというものだ。建築は、古代ギリシア以降、美学の規範として機能し、造形文化の王道を形成してきた(他方、少女文化=かわいいものは周辺に追いやられていた)。しかし本書によると、建築の最前衛で「カワイイ」という要素が有効性を発揮しつつあるという。

カワイイの領域をモダンデザインと比較

「カワイイカラー」として色合いを実証

ここで「カワイイ建築」として挙げられているのは、高過庵(藤森照信)、キョロロ、ふじようちえん(ともに手塚建築研究所)、MIKIMOTO Ginza 2(伊東豊雄)、森山邸(西沢立衛)、ハウス&アトリエワン(アトリエワン)等々の物件。それぞれ方法論は異なるが、手がけたのはいずれも注目の建築家である。真壁らは、表層や意匠をめぐる分析だけではなく、機能主義を批判的に乗り越える手段として、「カワイイ」を位置づけている。つまり、建築史への接続を目論んでいるのだ。

あたりまえの話だが、「カワイイ」という判断には、つねに「私」が関わっている。すなわち「私がどう感じるか」という要素が重要なのだ。その点、本書では、金沢21世紀美術館(SANAA)と国立新美術館(黒川紀章)が対比され、前者に軍配が上がる。代官山ヒルサイドテラス(槙文彦)と表参道ヒルズ(安藤忠雄)の比較では、前者が称賛され、後者の問題点が指摘される。詳細は本書をお読みいただきたいが、要点をまとめると、金沢21世紀美術館や代官山ヒルサイドテラスは、我々の心理や感覚に大きく働きかける構造となっており、それゆえ、21世紀型の空間として高く評価されることになる。

これを真壁らは「カワイイ効果」と呼ぶ。カワイイ効果をもたらす場所や空間であれば、カワイイ意匠(たとえばキャラクター)がなくても、我々はカワイイを感知することができるというのだ。一例として挙げられるのが、本郷三丁目駅(東京メトロ)や代官山駅(東急東横線)。ともに、機能性だけではなく、感覚を刺激する「パブリックスペース」が設けられていることがポイントとなっている。

デザインの実例をあげて質感や印象をマトリックス化

金沢21世紀美術館と国立新美術館が生成するカワイイを検証

「私」と「パブリック」。この二つの系が交差し、重なり合っている場所は、おそらく現実の空間だけではない。ネット上でも、ブログやSNS、あるいはTwitterといったパーソナルなコミュニケーションツールが人気を博しているが、その理由を「カワイイ」の有無といった視点から捉えてみるのも面白いのではないだろうか(逆に、セカンドライフ日本語版は、なぜ失敗したのか。私見だが「カワイイ」が欠けていたことも一因だろう)。

チームカワイイのメンバーは20代の女性が中心。本書では彼女らの感覚体系を手がかりに、カワイイなるものの多彩な様相を垣間見ることができる。商品開発やユーザ対応など、マーケティング的な関心から読み込むことも、十分、可能。とりわけ「カワイイ」を定量化しようという試みには、さまざまなヒントが隠されているにちがいない。

『カワイイパラダイムデザイン研究』

平凡社
発売中
著者:真壁智治◎チームカワイイ
判型:A5変型/400ページ
ISBN:978-4-582-54435-0