国立国会図書館で9月15日、『インターネットと文化~チャンスか危機か~』と題し、前フランス国立図書館長であるジャン-ノエル・ジャンヌネー氏による講演会が開催された。同氏はフランス政府でも要職を務め、著書『Googleとの闘い 文化の多様性を守るために』(岩波書店)は日本でも出版されている。講演では、現在物議を醸している「Googleブックス」問題について多く語られた。
講演は東京および京都で開催され、いずれも早々に満席。図書館関係者によれば、両会場とも定員締め切り後にも問い合わせが多く、予想以上の関心の高さがうかがわれたという。
テクノロジーの進歩とメリット、デメリット
ジャンヌネー氏はまず、グーテンベルクによる印刷技術に触れた。この画期的な技術によって、それまで大学や教会など限られた場所に押し込められていた文化が、書物となって広まったことはよく知られている。
だが、そのようなメリットと同時に、権力を持つ人々の文化が普及する一方で、マイナーな文化が印刷されなかったというデメリットに目を向ける必要があると指摘。テクノロジーの進歩が、人類の文化的な遺産を後世に伝えることには感謝するが、両義性もあると語った。
インターネットにも同じような二面性がある。リスクとされたのは、誤った情報が広まる場合があること、過剰ともいえる大量の情報が体系化されずに流出しており、知性を麻痺させる側面があること、などであった。
「Googleブックス」の問題点
現在、話題となっている、グーグルによるデジタル化した書籍の全文検索サービス「Googleブックス」についてジャンヌネー氏は、「デジタル化そのものについてはすばらしいと思う」。だが、米国の一企業によってデジタル化が推進される点にはさまざまな問題点があるという。
まず、グーテンベルク以来の膨大な出版物の中から、どの書物を選択し、どのような順位付けを行っていくのか、どのような基準なのか、という点。グーグルのみが関わることで当然、英語の書籍が多くなり、アングロサクソン的な見方が重視される恐れがある。
また、グーグルの検索エンジンにおける広告の影響も大きい。広告主の要求を満足させるように書籍が階層化される可能性も考えられる。ヒットした書籍は、閲覧され続けていく。大衆の好みが優先され、閲覧が少ないものは排除されていく。結果、新しい文化は生まれない。
ジャンヌネー氏は著作権問題にも触れた。日本でも大きく意見が分かれている問題だ。同氏の考えは、出版社は権利を奪われているのか心配しているが、新しい時代の波として受け入れ、メリットを探る必要性がある、というもの。大々的なデジタル化によって、少部数だった書籍や知られていなかった書籍の再発掘、宣伝ができる。それによって利益は還元されると語った。
もっともグーグルは、悪意を持っているわけではないという。しかし、著作権を無視してデジタル化を行おうとしており、それが人類に貢献できるものだと考えている──ヨーロッパはそうした態度に懐疑的であり、反発した。米国ではオバマ体制になって以降、Googleブックスのリスクについて指摘する傾向にある。(米国では、連邦著作権登録局長がGoogleブックスに対し著作権侵害を指摘したとの報道がある。著作権者との集団訴訟の和解案に関しては10月7日に公聴会が予定されている)
それぞれの国が自国の知を体系化して発信
ジャンヌネー氏は国立図書館長時代、グーグルの協力要請を断わり、ヨーロッパ各国政府が参加する図書館を構想。現在の「ユーロペアナ(Europeana)」(欧州デジタル図書館)の実現へとつながった。各国の知を体系化する一方、EU(欧州連合)としてのテクノロジを共有化するプロジェクトだ。決して中央集権的なシステムではなく、ヨーロッパ文化への「導き手」としての役割を果たすものだと説明した。
講演後に行われた長尾真 国立国会図書館長との対談では、参加者からの質問も紹介され、Googleブックス問題に触れるものが多く見られた。データの永続性という観点から、私企業ではなく、公的機関がデジタル化されたデータを保有することの必要性も指摘された。長尾館長は、日本の文化は日本がデジタル化し、発信するのが当然とし、同館の電子図書館構想を語った。
最後にジャンヌネー氏は、ネット上における情報コピーの状況を危惧しており、教育によってネット情報の扱いを体系的に考えられるようにすることが不可欠と話した。一方で、ネットには、世界の複雑さや多様さを確認できるという利点もある。自分たちの文化について考え、互いに文化の多様性を理解することが何より重要だと締めくくった。
ジャン-ノエル・ジャンヌネー
高等師範学校、パリ政治学院卒。パリ政治学院教授、ラジオフランス会長、貿易担当大臣、通信担当大臣等を歴任。2002年から07年まで、フランス国立図書館長。現在、シンクタンクであるユーロパルトネール会長をはじめとする要職にある。