SAPのサスティナビリティ事業を全面的に統括するピーター・グラフ氏

「サスティナビリティ(sustainability)」という言葉を聞いたことがあるだろうか。辞書を引くと「sustain = 持続する、継続する」とあるがその定義通り、企業の事業継続性を指すバズワードとして最近使われ始めている。

営利企業が存続しつづける、すなわち"事業を継続"していくためには、当然ながら利益を上げていかなければならない。だが21世紀を10年ほど過ぎた現代の企業に求められることは、実はもっと多岐に渡る。たとえば、環境への取り組み、社会貢献、コンプライアンスの遵守、コーポレートガバナンスの徹底など、どれも数年前まで話題に上ることすらほとんどなかった要素だが、これらを遂行しない企業は今後、生き残っていくことは難しいとも言われている。

株価/株主だけを意識した経営スタイルが、すでに社会から受け容れられないのは周知の通りだが、では企業が21世紀を生き抜くためには何を意識しなければいけないのか。9月9日、東京・六本木で開催された「SAP World Tour 2009」(主催: SAPジャパン)において、独SAPのエグゼクティブバイスプレジデントで、同社のサスティナビリティ事業を全面的に統括するピーター・グラフ氏が、サスティナビリティの考え方と、SAP自身のサスティナビリティへの取り組みについて講演を行ったので、その内容を紹介したい。

サスティナビリティ実現のポイント

「ビジネスそのものはうまくいっているはずなのに、なぜか株価が下がり続けている。この会社ではいったい何が起こっているのだろうか」 - グラフ氏は講演の冒頭、聴衆にこう問いかけた。短期的な売上や利益の数字だけを見ていると、その背景にある重要な動きを見落としやすくなってしまうという。「1年前に起こり、そして現在もつづく経済危機は、まさにこの短期的なモノの見方が招いた結果だと言っていい」と同氏は語る。前述の企業は、もしかしたら「グローバル化がうまくいっていない」「ブランド力が落ちている」「ネット上で良くない噂が広まっている」といった状況に陥っているのかもしれないのに、その現状を見ようとしていない可能性が高い。

サスティナビリティとは結局、企業が長期的な収益を確保することにほかならない。そして企業が長期的に存続しつづけるためには、社会や地球環境といった"基盤"そのものが存続している必要がある。つまり企業は今後、「四半期決算の数字を追いかけるだけではなく、社会全体の存続のために何ができるのかを考え、実行していかなければならない」(グラフ氏)という。

グラフ氏が挙げたサスティナビリティ実現のための重要なポイントは以下の3点だ

グローバル化

国境を越えたリアルタイムなコミュニケーションが可能な現在、規模の大小にかかわらず企業はグローバル化を図るべき。だが、負荷を分散するためにグローバル化していたはずなのに、どこか1拠点でビジネスが中断されると、その影響がワールドワイドで(しかも急ピッチで)拡がる可能性もまた大きくなっている。グローバル化にあたっては、もっとダイナミックに地域ごとの最適化を図る必要がある。

環境保護

CO2削減だけでなく、水資源、食糧などの限りあるすべての資源をいかに使うか(使わないか)をプランニングしていく必要がある。世界的規模で人口増がつづいていくなか、これまでと同じペースで企業が資源を消費しつづければ、地球環境は考えるだけでもおそろしい状態になってしまう。そうなればビジネスの継続どころではない。

社会的責任

"CSR"といった言葉が登場してからしばらく経つが、法令違反をしでかしたり、社会的に容認されない行為(トップの問題発言、情報漏洩、粉飾決算など)などが発覚すれば、その情報はあっという間に世界中を駆けめぐる。ブランド力の低下だけでなく、企業の存続すら危ぶまれる事態を引き起こしかねない。

一方でグラフ氏は、「サスティナビリティは企業にとってチャンスでもある」とも言う。「日本企業でいえば、トヨタやホンダのエコカーや、シャープの太陽電池などは非常に良い例だ。環境保護に貢献しているというブランドイメージを確立し、しかもビジネスとして収益を上げている」と絶賛する。

サスティナビリティのロールモデル

SAPのサスティナビリティ事業を統括するグラフ氏は「私には2つの重要な仕事がある」と言う。

  • サスティナビリティソリューションのリーディングカンパニーとして市場を牽引し、顧客企業のサスティナビリティ実現を支援する
  • SAP自身がサスティナビリティ規範企業として社会に範を示す

ITソリューションベンダとして、企業のサスティナビリティ実現を支援するため、SAPではさまざまなポートフォリオを取りそろえている。そのいずれもが、以下の4つのポリシーをベースに構成される。

  • ビジネス戦略の更新および確実な実行
  • 全プロセスにおけるサステナブル管理支援ITツール
  • サプライチェーンでの共同イノベーション
  • 経営の持続性と収益性の管理

SAPのサスティナビリティ製品はこのマッピングに沿って提供される。顧客企業は自社のニーズにあわせ、適切な製品を選ぶことができる。「日本では大手企業約150社がSAPのサスティナビリティ製品を導入している」(グラフ氏)

とくに注目すべきは、同社のBI製品「SAP BusinessObjects」を使った「戦略と実行」のプロセス提供だろう。SAPはBusinessObjectsによる"クローズドループ"なPDCAサイクル - 現状を把握する→目標設定を行う→実行する→実行結果を分析する→ふたたびアクションを起こす - に自信をもっており、各企業のニーズにあったサスティナビリティ対策を提供できるとしている。

また、サスティナビリティ市場を牽引するからには「みずからがそのロールモデルになるべき」(グラフ氏)と位置づけており、「SAP 2008 SUSTAINABILITY REPORT」と題したインタラクティブなWebサイトを公開、同社のサスティナビリティへの取り組みをすべて公開している。同社では2020年までにCO2排出量を2000年時のレベルまで下げるという目標を現在掲げている。これは「排出量がピークだった2007年の半分」にまで減らすということになる。かなりきびしい目標設定ではあるが、グラフ氏は「サスティナビリティが重要なのは、それが社会のためになるだけでなく、長期的には自社の利益に結びつくから」であるとし、SAP自身が高い目標をもつ意義を強調する。

SAP 2008 SUSTAINABILITY REPORTは誰でも閲覧できるインタラクティブなコンテンツだが、ダウンロードや印刷はできない。グラフ氏いわく、「資源を使わないようにするための取り組みなのに、紙に印刷して何万部も郵送したりすれば意味がない」とのこと

たとえば、同社ではアフリカ・ガーナの農民に携帯電話を普及させ、できるだけ仲買人などを介在させずに彼らが直接市場で取引ができるように支援しているという。こうすることで将来、SAPの顧客となりそうな層を取り込むことが可能になる。「ソーシャルな活動は、最終的にSAPに利益をもたらすものであり、また、そうでなければならない。したがって支援するプロジェクトを選ぶときは長期的なリターンを意識することが必要」(グラフ氏)

サスティナビリティ実現に欠かせないもの

企業経営において、サスティナビリティ事業を成功に導くためにはどうしても欠かせないものがあるとグラフ氏はいう。それは「CEOの積極的なコミット」だ。トップの強い意思表示がなければ、「サスティナビリティはただのマーケティングツールに成り下がってしまう」(同氏)危険性をはらむ。もしCEOを含む経営層がサスティナビリティを"コストセンター"のように捉えているのであれば、その会社でのプロジェクトはまず成功しないと考えていいだろう。

この9月にも日本の総理大臣となる予定の鳩山由起夫氏は、先日、国内外に向けて「日本の温室効果ガス排出量を25%削減する」というメッセージを発した。国内産業のなかには懸念を示しているところもあるが、欧米ではおおむね好感をもって受け容れられている。グラフ氏も「たいへんすばらしい目標」と高く評価しており、「国のトップがこういう発言をすることは非常に重要。日本のCO2排出量は世界で5番目に高い。それを25%も減らすためには、緻密なプランニングが必要」とする。

そういったときにITの出番となるわけだが、実は「温室効果ガスの約2%はITと通信(データセンター除く)に起因する」(グラフ氏)という。これはすべての航空会社が排出する量と同等の値だ。サスティナビリティ実現のためのITソリューションであれば、可能な限り環境を考慮したものが望ましい。「たとえば"SAP Carbon Impact"はSaaSで提供しており、ITによるCO2排出効果を低減することが可能」(グラフ氏)だというが、今後はその製品を使うことでどれだけのコスト削減ができるか、だけでなく、温室効果ガスの排出や資源の無駄遣いを抑えられるか、がITソリューション導入時の重要な指標になってくると思われる。

サスティナビリティというと、コーポーレートガバナンスや法令遵守、CSR活動といった言葉を思い浮かべていた向きも多いかもしれないが、実はそれらはサスティナビリティ実現における最低限の必要条件にすぎない。社会や地球環境の存続のために、企業みずからの意志でさまざまな活動にコミットすること、そして、それが結果として自社の収益につながるということをしっかりと理解すること - 長期的な視野に立ってものごとを判断するというプロセスは、本当に実行することが難しい。だが、事業継続を願うなら、もはや選択の余地はないところに来ているのかもしれない。