「もしもiPhoneが○○○○のキャリアから提供されていたら、自分もiPhoneを買っていたんだけどな」 - 日本でiPhoneを使っていないユーザーの話を聞いていると、たまにこうしたセリフが飛び出してくる。事実上、AT&Tという1社のみがiPhoneを提供している米国でも、似たようなコメントを聞くことがある。世界に先駆けてiPhoneを発売したのが2007年6月、それから足かけ2年にわたってAppleとAT&Tのパートナーシップは続いてきた。果たして、この独占契約がAT&Tにもたらしたものは何だったのだろうか?
2年の独占契約を経て、AT&TがiPhoneから得たもの
米Wall Street Journalが8月31日(現地時間)付けの「AT&T Gets a Fuzzy Signal on Apple's iPhone」という記事の中で興味深いレポートを紹介している。2007年のiPhoneローンチからAT&TはiPhoneだけで1,000万件以上のアクティベーションが行われたと公表しており、このうちの40%がiPhone目当ての新規顧客だったという。だがiPhone 3GSが登場した直近のデータでは、この比率が35%まで低下している。
AT&TとiPhoneについてはもう1つ興味深いデータがある。iPhone発売前には1.7%だった解約率が、現在では1.49%まで落ちている。これはiPhoneが解約ユーザーの足止めになっている可能性を示唆する。一方でライバルの米Verizon Wirelessは解約率がこの期を境に1.27%から1.37%へと上昇しており、この時点で乗り換え需要が発生した可能性がある。以上がiPhoneを取り扱って以降のAT&Tのユーザー動向だ。
AT&Tによれば、iPhone利用者は他の顧客と比較して収益が高い、つまり高いARPUが期待できるという。その金額は月に100ドルに近い水準に達しており、結果として通常の契約ユーザー(いわゆる"ポストペイド")の平均ARPUを4.7%引き上げて60.21ドルにしたという。だがAT&TではiPhoneの割引販売にあたり、1台あたり400ドルの販売補助金を昨年6月からAppleに対して支払い続けている。ユーザーはiPhoneの2年契約で、400ドルを差し引いた合計の約2000ドルをAT&Tに支払って携帯電話を使い続けていることになる。
もしもiPhoneがAT&T以外のキャリアから出ていたら?
興味深いのはここからだ。WSJのレポートの中で米J.P. Morgan ChaseアナリストのMike McCormack氏は、実際にAT&TがiPhoneで必要十分な利益を得ているかという点に疑念を抱いている。というのも、より低い販売補助金での提供が可能なAT&Tの他のスマートフォン製品でも、iPhoneと同程度の1ユーザーあたりの売上水準を実現できているというのだ。これはAT&T自身がコメントしている。また前述の400ドルの販売補助金制度がスタートして以降、AT&Tの利益率が急減しているという。2008年第2四半期に41.2%だった利益率は、現在では33.5-40.9%のレンジで推移している。変動要因もあるため特別大きいとはいえないかもしれないが、ある程度の影響を受けている可能性がある。だがAT&Tによれば、長期的には40%台半ば程度まで上昇すると予測しているという。
AT&Tをもう1つ悩ませるのがネットワークへの負荷で、利益率の高いデータユーザーが増える一方で、その帯域をより多く使うケースが多いからだ。通常のスマートフォンに比べ、2倍から4倍のデータ帯域をiPhoneユーザーが利用していると聞いて疑う人は少ないだろう。AT&Tでは月額30ドルでデータ無制限プランが利用可能になっているが、これは他のスマートフォンでも同様だ。大量のユーザーがデータ通信を利用することでネットワーク全体のパフォーマンスが低下し、ユーザーの不満も増えている。WWDCなどの開発者カンファレンスでも"AT&T"という名称は侮蔑の対象だったようで、WSJのレポートのコメント欄にも「iPhoneが他のキャリアで利用できるなら、すぐにでもAT&Tとオサラバする」といったユーザーの意見が散見される。このようにiPhone導入によってAT&Tはネットワーク設備増強の必要性に迫られつつある。
筆者個人の意見としても、たしかにAT&Tのネットワークはつながりにくい傾向があり、街中でも圏外区域が多いと感じている。一方でVerizon Wirelessに関してはあまり悪い評判は聞かず、実際に満足しているユーザーが多いことも知っている。だがWSJによれば、もし仮にVerizonがiPhoneの提供キャリアだったとしたら、AT&Tと同様の罠に陥っていた可能性があると指摘する。
iPhoneを抱え込んだことで利益率の高い顧客を得ると同時に、ネットワークの負荷や販売補助金の負担をかぶることになったAT&T。現在は静観しているが、顧客流出の面で多少の影響を受けつつあるVerizon。一方でAppleは安定した収入を得ており、昨年秋のリーマンショック以降の金融危機の中でも株価が上昇し続け、シリコンバレー企業トップとなる時価総額を達成している。林檎の国のルールの中では、やはりAppleが一番の勝者なのだろう。