8月27日に開催された「オラクル金融サミット」を締めくくる特別講演として、「野村グループのグローバル戦略~ワールドクラスの金融サービスを支えるIT戦略」と題し、野村ホールディングス 執行役 グループ・コンプライアンス統括責任者 IT統括責任者(CIO)、グローバル決済担当の田中浩氏が講演を行った。

同氏は昨年10月にCIOに就任したが、それ以前は一貫してエクイティ・トレーディングなどの業務に携わってきており、ITの専門家というわけではないという。そうした経歴から、同氏はビジネス側/ユーザー側の視点からITを見るCIOだと自らを位置付けた。

事業継承でムンバイに誕生した1,000人規模のオフショアセンター

野村ホールディングス 執行役 グループ・コンプライアンス統括責任者 IT統括責任者 グローバル決済担当 田中浩氏

同氏の講演の中核となった話題は、昨年秋のリーマン・ブラザースの破綻の際に野村が継承したリーマン・ブラザースのアジア・パシフィック部門の継承に伴うIT部門の再構築の経緯だ。リーマン・ブラザースのアジア・パシフィック部門の「人員、ビジネス、ファシリティを継承した」というのが公式発表だが、同氏は「わかりやすく言えば買収したということになる」と説明した上で、この事業継承によって野村のWholeSale IT部門のスタッフ数は全世界546名から3,180名へと一挙に6倍近い規模に増員されたと述べた。

特に、従来は拠点のなかったインド、中国、スウェーデンに新たに大規模な拠点ができ、特にインドのムンバイの拠点では1,000名の人員を抱える最大規模のオフショア・センターが誕生する結果となったという。同氏は「リーマン買収による効果」として、「大量に優秀な人材を確保」したことに加え、「優れたアプリケーション」「優れたインフラ基盤」「インド(ムンバイ)、中国(シンセン)、スウェーデンのオフショアセンター」をそれぞれ入手できたことを挙げた。

現在の経済環境下では、IT担当スタッフの減員の話も珍しくないが、一挙に6倍近い規模に人員が膨れ上がるという話はまず聞かない。事業継承に伴う特例的な状況ではあるが、こうした状況から最大限のメリットを生むためにどう考えたか、といったプロセスは、参考になったのではないだろうか? 同氏は「アウトソースは第三者への業務委託。オフショアは国外または遠隔地ではあるが自社組織による業務」と位置付けた上で、リーマンから継承したインド・ムンバイ、中国・シンセンの2ヵ所の拠点を「オフショア・センター」としてその能力を活用する戦略について紹介した。

インドではITの中心地としてバンガロールがよく知られているが、ムンバイは商業や金融の中心地であり、金融に精通した人材を豊富に抱える点が強みである。ムンバイの拠点は、「セールスマンがいない」「トレードをここではやらない」という2点を除けば、ほかの部分では投資銀行が備えるべき機能すべてを完備した自立性の高い組織だったという。そこで、リーマン時代は米国から送り込まれたスタッフが采配することに不満を感じていた現地スタッフの意向を汲み、日本からトップを送り込むことは止める代わりに電話会議などの手段を通じたコミュニケーションを密にし、さらには毎月CIOである同氏自身がムンバイに通って直接対面による意思疎通を図る、という形で運営しているそうだ。

オフショアは、人件費抑制手段としてIT業界ではお馴染みの手法ではあるが、現地に任せきりにした結果コントロールが効かなくなったりする例も珍しくない。同氏によれば、ムンバイでの人件費は、専門性の高い人材が豊富なこともあってか必ずしも安いものではないそうだが、その能力を発揮しやすい環境を整えることでコスト・パフォーマンスの高い拠点になっているようだ。

現場の意向を踏まえIT投資の効率を上げるためのCIOの心得とは?

野村グループはワールドワイドで事業を展開しているが、やはり日本企業として国内が中心の体制だったという。それは人員配置にも表れており、リーマンの事業継承以前は日本国内に1万5,000名、海外に3,000名という配分だったそうだ。それがこの事業継承によって海外の人員が1万名に達し、「日本が中心。海外はおまけのようなもの」という体制も見直すことになったそうだ。これには人事制度なども含まれる。

従来は日本国内は日本流で運営し、海外については特例扱いとしてそれぞれ現地の事情にあったシステムを別個構築していたが、今後は全世界で可能な限り共通のシステムで運営することを視野に入れているという。

実際、リーマンの事業を継承したのは昨年10月だが、その後の事業の再開は早い部門では今年1月、遅い部門でも4月には再開にこぎつけていたという。この間に社内の体制を作り直し、事業再開に向けた環境整備を整えられたのだが、これは従来の国内企業のスピード感とは異なる「グローバル・スタンダード流の経営体制」だと言えそうだ。こうした変化がもたらされたことが、野村にとっての大きな資産であることは間違いないだろう。

なお、同氏は最後に現場の意向を踏まえたCIOとしての考え方として、「ITは魔法の箱ではない」「ミドル/バックオフィスのシステムはパッケージソフトを積極活用」「フロントは自社開発による差別化」という3つの方針を掲げていることを紹介した。

現場の意向を踏まえたCIOとしての考え方

この3つの方針には、2つのポイントがある。現場には、「ITでシステム化すれば何でもできる」といった、ITに詳しくないが故の誤解があるそうだが、こうした要望にこたえるためのシステム開発はカスタムメイドと成らざるを得ず、コストがかさむ。現場からの要望に対してコストや開発期間のバランスを踏まえて「適度な規模に要件を絞り込む」ことが重要だというのが1点目だ。

2点目も1点目と密接な関連があるが、現在の業務のフローに完全に合わせたシステムを構築するよりも、場合によっては既存のパッケージ・ソフトウェアに合わせて業務のほうを変更したほうがよい場合もあるということだ。特に、ミドルウェアやバックオフィスのシステムは差別化に直接寄与する部分ではないので、開発コストを削減するために独自開発は避けるのはもちろん、パッケージに対するカスタマイズも極力避けるべきだそうだ。

一方で、競合他社との差別化に繋がるフロント・アプリケーションに関しては「自社開発による優位なシステムにより、収益を追求する」ことが必要だという。単純化すれば、「メリハリの効いたIT投資を」ということになるだろうか。パッケージ・ソフトウェア・ベンダーであるオラクルへの配慮もあったようだが、IT投資の効率改善を図る上では理にかなったアドバイスであろう。