「クリスマス・レクチャー2009」前編の記事はこちらをご覧ください。
【レポート】クリスマス・レクチャー2009 - 子どもに伝える"マイクロプロセッサ"のはなし - CPUで目玉焼きは世界共通!?

機械の中のゴースト The ghost in the machine

7月24日に東京・文京シビックホールで行なわれた「クリスマス・レクチャー2009」の後編をお伝えしよう。レクチャー2のテーマは「機械の中のゴースト The ghost in the machine」。ハードウェアの進化を中心に語った午前のレクチャー1とは対照的に、ソフトウェアの仕組みが紹介された。

ビショップ教授は料理のレシピに例えながら、コンピュータは「アルゴリズム」と呼ばれる手順に基づいて動作していることを説明した。実際のプログラムの手続き的な処理である、逐次、選択、反復などを一般人向けに分かりやすい形で紹介した。

教授の傍らクラゲアイスを作る助手

具体的な例として、代表的な並べ替えアルゴリズムを子どもたちと実演してみせた。A~Eまでのアルファベットのカードを持った子どもたちが適当な順番でステージに並び、これを正しいアルファベット順A、B、C、D、Eに並びかえるという単純な手続きである。情報技術の世界では、並べ替えは最初に学習するアルゴリズムだろう。

並べ替えのアルゴリズムをアルファベットを使って説明

次に、教授はコンピュータの世界で情報(データ)がどのように扱われているかを説明するために、「両手の指をすべて使っていくつまで数えられるか」という質問を会場に投げかけた。当然、教授の期待通りに子供たちは10と答えるが、正解は1023までである。各指を1ビット、すなわち2進数の1桁と考え数えれば、最大で10ビット(1023)まで数えられるというものだ。指ビットについては、情報技術者でなくとも雑学ファンの間では有名だろう。

コンピュータの世界では、すべての情報がビットで表現されていることを説明した後、教授は家庭用のコンピュータで標準的な記録装置であるハードディスクの仕組みや、データの信頼性を向上させるためにソフトウェアが行っている誤り訂正の仕組みなどを紹介した。

ハードディスクの構造と仕組みを説明するビショップ教授

誤りの検出と訂正の実験

レクチャーの最後に、どんなにコンピュータが驚異的な計算速度であっても、現代のコンピュータの基礎的な仕組みである手続き的な処理では解決できない問題があることを指摘した。教授は、パズルを例にして縦横3列のパズルを解く場合、1秒間に100万通りの組み合わせを計算できるコンピュータを使っても完成に1日以上もかかってしまうと説明。

ビショップ教授は、このような現代のコンピュータが抱える性能の限界を解決するために研究されているものが量子コンピュータであると説明した。量子コンピュータは、重畳現象と呼ばれる粒子の現象を応用し、現代のコンピュータとは比較にならない優れた並列処理を実現するとして期待されている。

量子コンピュータでは、情報を量子ビットで表現する。従来のコンピュータは0か1のいずれかの状態しかとれなかったのに対し、量子ビットでは0と1の状態を重ね合わせることができ、すべてのビットの組み合わせを一度の計算で処理できるという。処理するビット数が多いほど、量子コンピュータによる並列処理の恩恵にあずかれる。現代のコンピュータの場合、32ビットの組み合わせを処理するには42億回もの計算が必要になるが、量子ビットならば一度の計算で解を得られる。

もちろん、現在の量子コンピュータは構想レベルのものであり実用段階にはない。量子ビットによる計算は実験で成功しているものの、安定して量子ビットを維持するのは難しく、量子ビットを実現するための素子についても定まっていない。ビショップ教授は、量子ビットを実現する有力な候補のひとつとして超電導体を挙げ、その場で実際に液体窒素で冷やした超電導体を磁石のレール上に浮遊させるなど、超電導体の特性を実験してみせた。

超伝導体の特性のひとつ「マイスナー効果」の実験

教授は、現代のコンピュータが量子コンピュータのような高い並列計算能力を持たないことは、悪いことばかりではないとも語る。例えば、インターネットなどのネットワーク通信で取引されるデータを第三者に閲覧または改ざんされるのを防ぐために暗号通信が用いられるが、こうしたデータの暗号化はコンピュータの処理能力の限界を利用したものである。量子コンピュータが実現されれば、現代の暗号も容易に解読されてしまうという。

こうして、ビショップ教授の講座の1日目が終了した。初日の講義はコンピュータのハードウェアとソフトウェアの仕組や構造をさまざまな実験を通して体験できるものだった。会場には小学生くらいの子どもが多くみられたが、論理回路や2進数、アルゴリズムなど、より抽象的な説明は情報科学の基礎を学習したことがある中高生向けだっただろう。しかし、次々に披露される実験は会場を飽きさせない工夫があり、多くの子どもたちが積極的に実験に参加していた。