仕事と家庭生活の両立を目指す「ワークライフバランス」。昨今では、仕事と育児の支援策だけでなく、経営の観点からも注目を集めている。というのも、これからの日本は超少子高齢化に突入し、労働力不足に直面、企業にとっては有能な人材の確保がますます厳しくなることが予想される。いわば人材の"呼び水"として、企業に対するワークライフバランス支援策は需要が高まるものと思われるからだ。さらに、ワークライフバランスは、限られた時間内で最大限の労働力を発揮する労働生産性の向上の意味でも企業にもたらすメリットは大きい。そんなワークライフバランスを企業の生産力について議論する内閣府 経済社会総合研究所(ESRI)主催の「第40回ESRI - 経済政策フォーラム」が6月15日に開催され、「欧州各国との働き方の違いから見えてくるもの」と題したパネルディスカッションが行われた。
「日本は週労働時間50時間以上の労働者の割合が先進国で第1位だが、1人あたりのGDPは、アメリカ、スウェーデン、イギリス、ドイツ、フランスに次いで第6位」。パネルディスカッションに登壇したESRI 総括政策研究官の山田亮氏は、冒頭でこのようなショッキングな報告を行った。山田氏が取り上げた、ILO(国際労働機関)の調査によると、日本の週50時間以上の労働者の割合は28.1%と、2位アメリカの20%を大きく突き放し、堂々のトップ。この数値は、1人あたりGDPの国際ランキング2位のスウェーデンがわずか1.9%に過ぎないのに対し、切磋琢磨に働き続ける我々日本人にとってはなんとも報われない結果だ。
この違いがどこから生じるのかを探るために、ESRIが日系企業/外資系企業の海外駐在経験者を対象に行ったインタビュー調査の結果を山田氏は次のように話した。「欧米では残業は基本的にやらないという姿勢で、制約された時間の中で効率的に仕事をこなそうとする意識が日本より強いというのが共通した意見。さらに、仕事を進める上での個人裁量が大きく、自分のリズムでスピーディに仕事を進めることができるのが大きい。チームプレーによる日本の持ち味は大切にすべきだが、個人の裁量や責任に委ねてよい部分もあるのではないか」
また、同じくパネリストとして参加した、ワンパワージャパン 専務執行役員の芳賀日登美氏も、同社の欧州11カ国の現地法人に協力を依頼して行った各国の労働意識と実態調査について、「欧州には残業をしないという文化がある。残業の概念すらない国も」と報告。さらに「欧州では、法律で厳しい残業規制が行われているなど、国自体が残業を奨励していない国が多い。また、法律で休む権利が保障されており、今回の調査でも82%が年間の有給休暇が4週以上と答えている」と述べ、欧州と日本における労働価値観や文化の違いを指摘した。
また、伝統的な日本企業ながら、総合電機メーカーとして世界的に展開する企業としての人事制度改革の取り組みを紹介したパナソニックチャイナ有限公司 人事総務部部長の植田健三氏は「欧州は組織ではなく、自分たちのために働くという意識が強い」と、自らの経験に基づく、仕事に対する日本と外国との意識の違いを証言した。
一方、ワトソン ワイアット代表取締役社長の淡輪敬三氏は、国際化する市場経済の流れの中で、旧来の日本的労働体制がもたらしている弊害を指摘。「日本には終身雇用が企業の競争力の源泉であるという信念があり、いまだその意識が根強く敢行している。できれば守りたいという気持ちはわかるが、それではグローバル化に勝つことは難しい。今後もビジネスは急速に無国籍化し、独自性を打ち出さなければ企業は生き残れない」と述べ、組織における個人の自立を促した。
しかし、短時間で高い生産性を実現している諸外国の労働のあり方や意識を取り入れることを奨励する一方で、その導入は慎重に行うべきだとする意見も続いた。「アウトプットを重視する欧米に対して、日本はプロセスや人間性も重視する傾向があり、評価基準が曖昧。さらに、日本は顧客サービスの要求水準が高く、それが長時間労働に結びついているとする向きもあり、もはや社会全体の問題」(山田氏)、「日本に欧米の労働意識を根付かせるには、国民性やカルチャーを十分理解した上で、日本人に賛同されやすいシステムの考案が必須」(芳賀氏)
また、モデレーターを務めた東京大学社会科学研究所教授の佐藤博樹氏は、経営者が推進するワークライフバランスに加え、個人の意識の変革が重要だと話す。「日本の企業におけるワークライフバランスの実現のカギは、仕事の仕方と生活のあり方を変えることの2点に集約されるが、仕事の仕方を変えるのは企業経営者側がやるべきこと。これは自己管理能力のある社員を育てるというマネジメント育成の意識でやれば意外に進んでいくのではないか。これに対し、生活のあり方を変えるのは個々人がちょっとずつ変えていくということがポイントだが、これが意外に難しい課題でもある」と、ワークライフバランスは企業側だけの課題ではないことを強調し、パネルディスカッションを締めくくった。