「景気が厳しい昨今、"原点回帰"というフレーズはよく聞かれるが、弥生にとって本当の意味での原点回帰とはお客様を見つめ直すことではないか。我々の顧客が誰なのかをいま一度、我々自身に問いかけたい」 - 5月28日、同社のオフィスで行われたプレスラウンドテーブルで、弥生の岡本浩一郎社長はこう切り出した。同社の会計年度は10月からスタートするため、3月で2009年度の上半期が終了、4月からすでに下半期の営業を開始している。昨年4月の社長就任から1年が過ぎ、きびしい経済状況の中でのドライブを余儀なくされている岡本氏が、上半期の総括、そして来期に向けての抱負を語ってくれた。
奮闘しているとはいえ、不況の影響を免れなかった2009年度上半期
岡本氏がまず掲げた弥生のミッションは、「日本における中小企業、個人事業主、起業家の事業の立ち上げと発展を支える社会的基盤であること」だ。これはすなわち"SMBのインフラ"としての社会的役割を果たしていく、という同社の立ち位置を再度、社内外に示したということになる。「我々の目的はお客様に会計ソフトを買わせることではない。お客様の業務を成立させ、成功に導くことこそが使命」と同氏は言い切る。
2008年12月、今年度の要の商品「弥生 09 シリーズ」を一斉発売したが、競合他社と比較したシェアは「金額、本数ともに1位をキープ。とくに量販店におけるシェアが明らかに向上している」(岡本氏)という。ただし、不況の影響下では金額、本数ともに昨年度に比べて落ち込みは避けられなかったが、それでも「競合に比べれれば落ち込みは最小限に留まっている。期首に想定していた数字よりは若干厳しいが、この不況下では健闘しているほうだと感じている」(岡本氏)としている。
12月 - 3月における弥生シリーズのシェア(BCNおよびGfkデータを基に弥生が集計、一部推計)
本数 | 金額 | |
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2008年度 | 38.8% | 55.1% |
2009年度 | 42.3% | 60.3% |
青色申告の定価は1万2,600円、決して低価格をウリにした会計ソフトではない。「市場はいま、明らかに"安心"と"低価格"に二極化している」と岡本氏は言うが、弥生はこの"安心"を提供できているからこそ、市場シェア1位をキープできていると続ける。「たしかに低価格をセールスポイントにしている競合が伸びてきているのは事実。だが、会計ソフトは普通のソフトの市場とは違い、安さだけでは顧客の心をつかむことはできない。"安心"と"確実"こそが重要な訴求力」(岡本氏)
だが、この不況が中小企業にもたらした影響は予想以上に大きかった。「肌で感じる感覚として、お客様がより製品選びに慎重になっている」と岡本氏。同社によれば、弥生のサポート契約を打ち切った顧客が、その理由として「会社統合・廃業」を挙げる割合がじりじりと高くなってきており、「とくにリーマンショックが起こった昨年9月から大きくその率が高まっている」(岡本氏)という。結果、同社の上半期の売上は対前年比で微減(98.1%)だった。「売上金額の落ち込みを経費削減によって補い、営業利益は10%以上増やすことができた」 - 社長就任から1年、まずはなんとか合格点といったところだろうか。
サービスの拡充をさらに図る
岡本新体制になってから打ち出されたもうひとつの大きな施策が「サービスの拡充」だ。岡本氏は就任時から「製品とサービスを両輪としてお客様を支援する」と明言しており、実際、札幌カスタマーセンターの増床(2008年10月)や保守契約ユーザ向けの無償福利厚生サービス(2009年1月)、業種別勘定科目テンプレート(2009年4月)、弥生会計保守ユーザ向けの仕訳相談サービス(2009年5月)などを次々と開始している。
そのサービスの利用状況だが、福利厚生サービスに関しては順調な伸びを見せており、5月時点で4,809社が登録しているという。「5,000社にあと一歩というところだったが、ペースとしては非常に順調。年内には1万社の加入を目指したい」(岡本氏)と強気の姿勢を見せている。テンプレートについては、理美容業、小売業、飲食業向けに強化してきたが、累計ダウンロード数は5月時点で1万3,000件強。"かんたん"と"確実"をキーワードにしてきたが、ユーザへの浸透度はまあまあというところだろうか。
5月1日にサービスを開始した仕訳相談サービスは、まだ件数も少なく、その内容も「基本的な相談に留まっている」(岡本氏)という。弥生に寄せられる相談件数のうち、仕訳相談に関するものは現状、わずか4.9%に過ぎない。「操作に関する質問や、仕訳アドバイザーレベルで済む内容のものがほとんどだが、相談の件数は確実に増えている」と岡本氏は語るが、今後、いかに同サービスの門戸を拡げていくかも課題のひとつだろう。
"SMBのインフラ"という自覚
景気の悪化の影響は中小企業ほど受けやすい。「我々自身も中小企業ということを自覚し、きびしい状況にある中小企業を全面的にバックアップしていきたい」と岡本氏は力を込める。
具体的には、「事業規模にあわせたソリューションを適宜提供していく」としており、「弥生 09 ネットワークシリーズ」の半額キャンペーン(ライセンス数限定)や、同シリーズの小規模サーバプラットフォーム「Windows Server 2008 Foundation」への対応などを開始している。また、複数拠点をもつ中小企業向けに、SaaS対応の「かんたんホスティング for 弥生会計」の提供を6月1日から開始、月額で3ユーザ/2万5,000円、5ユーザ/3万円から利用できる。
SaaSビジネスについては、弥生会計や弥生販売のCitrix XenAppによるホスティングに見られるように、徐々に力を入れはじめており、さらに2010年末には、まったく新しいSaaSサービス「弥生SaaS(仮称)」を立ち上げる予定だという。だが、一方で岡本氏は「弥生のプレゼンスは量販店でのパッケージ販売にある」と明言しており、SaaSはあくまで同社の付加価値を高めるための戦略と位置づけているようだ。
「マーケティングリーダーとして、我々は市場を拡大する義務がある」という岡本氏。着実に中小企業の市場を拡げてきた反面、まだまだ自計化に尻込みする企業も多い。「(顧客の)潜在層である起業家を支援し、現在のユーザの育成に取り組みたい」と市場拡大に意欲を見せる。「弥生企業会計塾」や「弥生スクール」など、同社が取り組む教育支援プログラムもあるが、まだ認知度はそれほど高くないのが実情だ。「今後のテコ入れが必要」と岡本氏自身が認めるように、新たなユーザ層の開拓は同社にとって必至の課題といえる。
競合が多い会計ソフトの世界にあって、「安心」「確実」「かんたん」などこれまで培ってきた信頼をベースに、市場シェア1位のキープを図る同社だが、やはり予想以上に不況の影響は大きかったようだ。来るべき2010年度、製品クォリティの維持はもちろんのこと、岡本氏自身が何度も繰り返したように「きびしい環境にある中小企業を支援するインフラ」としての自覚をもった営業展開が期待される。